前回の「4)実務が出来ない事業部長や部長が多数配属されている」の課題をもう少し補足しようと思いました。
毎年、期初には年度予算というものが設定されるのですが、その根拠となるものは担当者が書いた数字が基礎になっていて、その数字に理屈をつけて若干の色を付けた予算がノルマとして担当者には降りかかっていたと思います。期初には当然の如く前年よりは高い予算数字が設定されているので、毎年答えのない回答を求められているような状態であったという感想を持っています。
前にも書きましたが、そもそも役員は会社の理念とか将来像が描けないので、不思議な予算の数字ばかりが踊っているという結果になっていたという印象を持っています。会社のあるべき姿を描くというのは個人会社では創業者が作り上げているので割合に明確になっていると思いますが、サラリーマンが役員を務める会社では中々難しい課題だと思われます。役員や管理職の社員が、本来業務である情報処理の仕組みにも疎いし、業界の動向もマスコミ情報を鵜呑みにするくらいの能力レベルでは困難な仕事と想定されます。そういう現実から生み出される年度予算というのは、所詮数字の遊びみたいに見えても仕方がないという現実があったとは思いますが、現場の責任者である事業部長や部長がメッセンジャーボーイばかりで、実務は担当者に丸投げしているという実態は、事業部長や部長の数字に対する責任感の無さからくるものと思われるというのは先回述べました。
予算数字には根幹的な問題はあるとはいえ、予算数字を受け取った事業部長や部長は役員に予算数字に対してノーを返さないというのはイエスマンという理解にとどまらず、この時点で予算数字を達成するという事を約束したものとも理解されると思います。予算数字に対して責任を持つという事は、予算数字を役員から受け取った時点で事業部長や部長の頭の中には予算数字の事業部内展開が出来ていて、予算数字達成の課題が見えている筈であるというは普通の思考と思います。この予算達成課題に対して、対処方法や方策を練れるという思考の根源は、現場で多様な実務をした経験や職場の業務遂行能力の実態把握という解決能力が必要と思われます。解決能力の無い思考というのは、単なる妄想とか想像にしか過ぎないと理解されても仕方のないもので、そういう様な空論を振り回して得意げな事業部長や部長の姿を職場で延々と見続けてきたので、実務が出来ない事業部長や部長が多数配属されていると申し上げた訳です。
 
事業部長や部長が予算数字に対する現場の責任者であるという意識があるならば、常に頭の中は課題の実行展開を思案する状態で一杯なのが普通の人間であろうと思われて、実務展開に向けて資料作成とか対策会議が毎日の仕事になるはずと思えますが、間接部門が主催する会議ばかりでスケジュールが埋まっているという状況から見える現実からは、事業部長に予算達成という責任感があるのかどうか甚だ疑問であると推測していました。
職場では社員自ら考えて行動を起こして情報を得るという行動をとれなくて、新たに得られる情報は業者情報とか親戚筋情報というものしか無いという背景では、予算の謳い文句は何処へやらダボハゼの様に出て来た事案に食いつくしかなくて、そういう事案が無いと予算は達成できないので予算の下方修正が恒例になっていたとも思います。役所仕事をして毎日を過ごせるというのは事業部長や部長はすごく楽な商売に見えていたとも見えていた現実は、責任感の欠如が同居していて、そういう社員が事あるごとに社内統制とかコンプライアンスとか言っている姿は道化に見えていたと思えました。