話は少し変わりますが、現在では情報処理業界も以前の様に自然と右肩上がりするという業績向上が出来なくなっている状況にあります。企業の業況が世界経済に翻弄されて、以前よりは厳しさを増す中では、情報化投資は業績に直接寄与出来ないので年間投資額も維持するか減額するかという傾向にあると思います。
情報処理業界の或る大手企業では業績向上のために、間接部門要員を大量に第一線のビジネス部門に配置転換することで利益を稼がない間接部門経費を削減し、第一線戦力増強してビジネス拡大を図ろうという施策が全社的に行われていまると報道された事があります。間接部門からの異動でビジネス要員として不適な人は退社をするということになるとも報道されていました。会社ぐるみで生き残りとか、成長とかを模索する取り組みだと思います。以前のブログでも書きましたが、40歳で転職して間もなない30年ほど以前、この会社の社長が課長時代の頃に名刺交換してビジネスパートナーとして一時期付き合ったことがあります。当然のごとくながら、私が転職した新規事業部門から異動し、その会社と自然と縁が切れたのは後任社員や管理者のレベルが低すぎて付き合えなかったという事であったというのはこのブログを読んでいる諸氏には自明のことと思います。
私の勤務していた会社では役員以下、事業部長・部長という幹部が役所仕事をしている事に何の疑問も持たないで、会議があたかも業績に寄与しているとでも言わんばかりに勘違いしているのにも気づかないで、その一方自分たちが業績を上げているという勘違いもしながら、実務は担当者任せで放置するということが行われていました。会議も尤もらしい横文字のものが並んでいたのも、そういう事実を立証しているものと思われましたし、管理職のスケジュールが空かないようにとヒラメとかコバンザメ社員が次々に新しい会議を作っていたことも社員全員が疑問を持たないほどに、一般企業としては普通には考えられない無意識の内に、社員全体が顧客を相手とする実務はしたくないという意思が明確に表れていたように感じていました。特に年配社員にはそういう傾向が強く、若手社員のうちにヒラメとかコバンザメが自然と育成される環境が職場には出来ていくということにもつながっていて、そこには社内運動会とかいう現象が現れていて村社会が出来上がっていたと思います。
私が退職の寸前までの上司であった事業部長や部長の動きについては以前のブログでも紹介しましたが、凡人たる故に悪事をなすという典型的なもので、サラリーマン社会のピラミッド構造にならい事業部長や部長は一般社員を見下したような素振りが時々垣間見えた時があって、社員から見れば高い給料だけをもらうだけでなく飲み代を会社の経費で落としているのに何の疑問も持たず、自分たちは役員に取り立ててもらいたいという一心だけで行動しているので社員の心情には心及ばず、役員から渡されたノルマは一般社員が稼ぐものであるというのが当たり前のような風土が根付いていたと思います。事業部長や部長連中の価値観が自己保身と自分顕示欲の塊であったというのは、そういう態度の裏腹として私が実務をする中で何度も嫌な経験をさせられて我慢をしていたことも度々でしたので、余計に忘れられない記憶として残っています。
こういう風土はそう簡単には変われないと思われ、情報処理業で一流と言われる企業がどんどんと変革している中で、私の勤務していた会社は相も変わらず村社会体質を変えられないので将来は業界から取り残されているばかり、どういう結末が待っているのかというのは退職した身には関係無いことなので、ある意味ではほっとしていますが、何時かマスコミで報道されれば知ることになるのかなと思っています。