私はたまたまサラリーマンを2つの会社で勤務したという経歴があり、企業倫理が違うという風に感じています。新入社員で入社した製造業の会社ではオイルショックの影響で技術職から営業職への転換を強制されたのですが、心機一転して営業職という職種の勉強を顧客から教えてもらうという程に顧客との繋がりは緊密で、どんな少額の契約であっても責任を持って最後まで実行し、最終的には責任はどちらになるかは別にして赤字になってもやり遂げるという社風でした。責任を持って顧客から請けた仕事を完遂するという社風が顧客との付き合い方でした。社風は責任感というものを大切にするという事でしたが、裏返しすると社内はそれだけ役所体質で全てが書面主義というものが延々と続き、会社の社会的体面を重視するということでもあったと思います。たまたま決断力の無い事業部長や営業部長の判断で顧客に裏切られたような事もありましたが、殆どの顧客とは極めて密接な関係が出来上がっていて、事業規模は小さいながらも、相対的に営業力や技術力のあるコンピュータメーカーからホストコンピュータをリプレースされるという事は殆どありませんでした。顧客は同系列会社とか取引先とかいう別の面での付き合いもあり企業対企業の付き合いがあったという理由もありましたが、計算機事業は規模が小さいだけに赤字体質の解消は出来ずに子会社化されて細々と営業をしていると聞いています。子会社となっても昔からの顧客は健在というのを聞いて、事業の基礎となる顧客とは変わっていないのだなと感慨深く聞いたことがあります。子会社となった時には少なからずシステムエンジニアも転職して、何気なく書店で情報処置の棚の本を取って著者を見ると、技術説明がうまいと思っていたシステムエンジニアが大学の先生となっていてことを知り、人間の能力と言うものはどういう環境にあっても変わらないものだと思いました。
 
40歳で転職した会社は非常にオープンな職場であったとは思いますが、それだけに以前のブログでも紹介した通りに親会社とは全く異なる異業種への参入ということで私自身もそういう環境に放り込まれたという印象でした。きちんとした教育を受けたサラリーマン兵隊学校卒業生という立場から見ると、惨憺たる惨状を目にして記憶に残したという事になり、結果的には新規事業は何の成果も上られずに終わり社員だけが残されて、親会社の事業部門は子会社に統合されて延命をはかったという事になりました。
元々親会社の社員も情報処理と言うものには疎いというのは理解していたようですが、直ぐに金目当てのコンサルタントを頼りにして適当に胡麻化されているというのを考えもつかないのは、親会社での仕事ぶりが定型的業務をこなしていただけと言う認識も無いという能力的な問題もあったと思っています。信用できる相手を見つけるとかいうのは自身もそれだけの見識があるというのが前提にあるという事が理解出来ていないと思えました。
散々に経営的に悪い経験をした管理者や役員が考えた事は、兎にも角にも損をしないという大損を食らった裏返しの考え方が出て、それが社内の基準となると、顧客の事情や社員能力とは別次元の管理となり、常に損益が気にする風土が生まれ、ヒラメとかコバンザメ社員が率先して行い会社全体の社風として確立していったものと思っています。そこには自社利益優先をモットーとする思想が蔓延して、顧客は置き去りにされていたという現実があったと思います。
私が27年間営業職として勤務していた時、自身の顧客は全て新たな顧客として契約した顧客ばかりだったこともあり、自身が会社と顧客との間に立って自己利益優先の社風から顧客を守るという風な事をして顧客をつなぎとめていたという風に思っています。事業部長のパワハラで私の担当顧客を全て外されると、顧客が契約解除したり契約額の見直しを要求されるなどの事が起きましたが、会社として顧客を失う事についても何の未練もないようでさっさと契約解除をしていました。顧客との関係を友人同士の付き合い程度にしか考えていないという風に思えて、社員の程度の低さを感じされるものだと思い傍観していました。
私の勤務していた会社でシステムエンジニアが責任感もなく仕事をしていたという経験は多数ありますが、役所体質の顧客の基幹システム刷新プロジェクトで本当に嫌になるくらいに苦汁をなめさせられたという事を以前のブログでも紹介しました。責任感というものは契約がある限り永遠に続くものとは考えておらず、顧客からクレームが出ているのにも関わらず知らん顔をしているのが社風を反映しているのかなと思っています。役所体質の顧客の情報システム部員が稟議書を役員に説明に行くと「騙されていないか」というコメントが出ているというのは最悪の状況と思いますが、そんな事には馬耳東風という姿勢が会社の無責任という体質を表していると思いました。