現在国名がロシアとなった旧共産国家ソ連は、平等主義というあからさまなご都合主義を標榜して、男女を問わず全ての国民に労働を強いて富は国家に吸い上げられました。国民から吸い上げられた富は共産国家として対外上目立つ公共施設とか工業分野に投資されて、一般庶民の生活は最低限度という程度にしかなっていなかったと思います。国名がロシアに変わった今でもプーチンによる一党独裁は変わらず、批判勢力は圧迫されるという事情は共産国家の歴史を延々と引き継いでいるように見えます。日本とロシアの関わりは宇宙開発での連携が思い出されれますが、報道ではロシアの陽の面ばかりが強調されているような気がしてなりません。数年前にロシアの地方都市を旅した時、庶民の生活レベルは日本の70年代の生活レベルであるという風に感じた事があります。ロシアが最先端の宇宙技術や軍事力に国家として取り組んで世界にアピールしている一方で、庶民の生活はなおざりにされているという実態を垣間見たと思いました。
ロシア在住の日本人が日本から送られた荷物を受け取るのに、10枚位の書類を提出しなければならなくて何度も何度も役所に足を運び、全部揃うと職員から完璧だと言われて漸く荷物を受け取ることが出来るという記事を読んだことがあります、究極の書面主義がはびこっているという事だと思いました。
ロシアに入出国する時には、日本ならパスポートにポンポンとハンコを押してさっさと通してくれますが、ロシアではパスポートを見て先ず写真と本人を見比べてからパスポートを全部読んで疑義がないかを一人一人確認するので、入出国の手続きに時間がかかるだけでなく静寂で異様な雰囲気を感じた時があります。これは決められた通りに仕事をして自分の勤務時間を過ごすという自己都合主義がまかり通り、そこにはサービス精神という概念が皆無で、それを国として認めているという事だと思いました。
 
こうした前置きを書いた理由は、考えてみると私が27年間勤務した会社と共産国ソ連の国家としてのありようが極めて似ているのではないかと思ったからでした。わが社は平等主義ですと言っていた管理者がいましたが、何が平等なのか全く理解が出来ませんでした。企業と言うものが業績で成り立っているならば、社員の評価は業績の上げ方とか業績の程度で社員が評価されなくてはならないのに、所謂ヒラメとかコバンザメとか言われる個人的な人間関係で評価がされているのが実態なので、そういう実態を曲げて社員に堂々と説明をする管理者とか役員がいたのは、形式主義とかご都合主義を重視する、共産国家と同じ思考は社員が意識しないほどに社風としてしみ込んでいたのではなかったのかと思います。業績よりも対外的な面子とか自己保身が優先されても、それを非難する管理者や役員が皆無であったということでもあったのかと思います。
文書主義の一端を表すケースとして決裁文書を承認してもらう場合、役所の10以上のハンコが並ぶほどではないにしても、4個や5個のハンコを押してもらうのに時間と労力を掛けていました。社内には大量の紙が保管された倉庫もあり、古い文書を探すのに苦労をしたこともあります。私が在籍していた当時、こういう決済システムが電子化されていないのにも違和感がありましたが、情報処理会社といいながら基本的は自社の電子化には極めて疎いというのは、管理職や役員が現場仕事を経験していないので仕事の現状を知らず、机上の空論を毎日会議で振り回して無駄な時間を過ごしていた証でもあると感じていました。仕事の効率化という本質的な改善は無く、得体も知れぬ業者からそそのかされたと想像されるような変なサービスとかツールが突然導入されて現場の仕事が益々非効率になったのは、現場の仕事の経験が無い管理者や役員ばかりであったということの証かなと思って苦々しく感じていました。
企業を私物化して独裁するというケースは大きな規模の会社でも間々見られますが、私の勤務していた会社では共産国家の思想に通じるような形式主義が重要視されて業績は二の次であるという社内環境であったと評価することができると思います。