職場環境という観点で物理的・人的面から思い出してみると、職場の物理的な立地は川辺の横の都会の場末とも言える場所で、春の川面に桜、夏の川面の観光船、冬には川に掛かる橋の降雪風景とが思い出されます。特に桜の季節は勤務していた場所から橋を渡った川岸に桜並木があって満開の桜を満喫することが出来ました。こういう記憶を紐解くと如何にものんびりとした環境で立地的には良さそうに思えるのですが、元々倉庫街なので交通不便で情報処理という最新の職業柄というイメージが悪くなるという印象は拭えませんでした。自身は夏の暑い時期でも背広を脱がないという習慣であったので、炎天下の影の無い橋を歩く何とも言えぬ暑さは忘れることはできません。
親会社との関係もあってビルを移転することは難しかったようですが、役員は親会社にはたてつきたくないという何もしない精神から、親会社の言われるままに不便さとかビジネス上のイメージが悪くなるという不利益を放置していたと思います。親会社にたてつくほどに業績を上げるとかも出来なくて時の流れに流されて問題視もしていなかったのは、役員や管理職が実務を経験していないという無知から来る、ビジネスに対する圧倒的な鈍感さがあったと思います。しかしながら、そもそも役員が業績に対する責任感をどれ程もっていたのかも不明であったので、同様に会社の立地の重要性という事などは思いもつかないことだったと思っています。
人的な職場環と言えば、社員机上の整理整頓が行き届いていない雑然としたフロアで、やることがあるのかないのか不明ながら職場をうろうろとして忙しいと自問自答を連発している人もいました。役員や管理職は担当者にノルマを割り振って押し付けると何もすることも無いので年中暇なので、会議が仕事だと勘違いしていたらしく、一日中会議をしている光景が業績に対する責任感欠如とか責任者意識欠如を感じさせていました。
会議は出来るだけ少なくして実務に専念しようとするのが常識ですが、役員や管理職の実務の無知さから現場に対して何の応援やアドバイスも出来なくて、最終的には業績は担当者任せになるのは致し方ない事実だったと思います。年功序列という風習から来る、役員や管理職は何もしないで楽をできる地位と思っていたらしい態度をする人もいたのが、職場環境を悪くしていた一因であると感じていました。そうなると、現場の責任者である部長連中も自らが律しない限りヒラメとかコバンザメ社員になって、部下の仕事振りよりも上司のご機嫌取りに専念するようになるのも仕方ないことかなと思っていました。特に外資系コンピュータ会社から転職してきた社員は饒舌で上司に取り入るのがうまいと感心するばかりでした。外資系の会社では上司に取り入らないと評価されないのが普通で、中元歳暮は当たり前、上司の誕生日に贈り物をするのかしないのかで評価が大きく差が出たという話も聞いたことがあります。
業績は担当者頼みで、管理職や役員は毎日茫然として成り行きを眺めているだけの職場環境は如何なものかという疑問を持ちながらも27年を過ごした事になりました。