環境が人を作る、人が環境を作る」という常套句を「職場が人を作る、人が職場を作る」という風に言い換えることは簡単に出ると思います。前回ブログで顔の話をしましたが、人=顔という風に置き換えれば世の中に通常よく言われる慣用句としても通用すると思います。
転職後の物理的な職場環境は如何なるものであったかを振り返ってみれば、合併とか組織変更とかによって頻繁に執務場所が変わったという風に感じています。不動産業者と総務部の裏の関係は知る由もありませんでしたが、フロア移動が頻繁なのは固定費削減という仕事をするための口実であったかもしれないと思う時がありました。貸主との信頼関係が強ければ簡単には契約を解除したりすることは無いと思いますが、頻繁に賃貸先が変わるという事は担当部署がそれだけ上滑りな仕事しかしていなかったという証拠でもあると感じていました。こういう所作にも特段の努力をしないという社風が生きていて、波風を立てないで事を始末するという考えが頭にしみついた社員の所作になっていたと思います。
執務場所の引っ越しについても、私は引っ越した新しい執務場所で書類やパソコンの設定等は休日出勤して翌日からの執務に備えるという作業をしていましたが、社員の大半は平日の出勤日に引っ越し荷物をのろのろと整理するという作業をしているのに非常なる違和感を持ちました。そういう状況を見ていると普段の仕事の段取りぶりが悪いというだけでなく、元々社員一人分の仕事量がないのではないかというのが露見した時であるとも見えるのでした。
 
日本の会社なのでフロアは部署とか個人単位での壁は無く、1フロア全体が見渡せる場所に机を並べていて、営業職とか技術職かが入り混じって配置されていました。営業職の社員の大半は見積書作成程度の能力しかなく技術知識が乏しいので説明資料を作れず、近くに薄弱なる知識しか持たないエンジニアであっても、営業職の横にいなくてはならんという必然性はあったと思います。自ら積極艇に動くような営業活動は皆無で、社内とか親類筋からの紹介案件しか無いという実情が関係しているのかどうかは不明でしたが、横眼から見ていても仕事ぶりは要領が悪くて何をやっているのだろうという評価しかできないと個人的には感じていました。管理者である筈の部長や役員も現場社員と同等かそれ以下の能力なので、不効率な実務をしている社員を見ていても特段の指導もできないので、利益が多いとか少なとか誰でも思いつくような事を指摘するしか出来ていないというのが実態ではなかったのかと思っていました。

そういう環境を醸成していた一因は、転職してきた外資系コンピュータ会社の社員が部長職などに配置されていて、のんべんだらりとした社風を自らの無能を覆い隠すには都合よくて、仕事の出来が悪い部下に向かって役員から鵜呑みにした小言を部下にそのまま伝えるというメッセンジャーボーイの仕事をしていたこともあったのではないかと思っていました。社内には外資系コンピュータ会社からの転職社員が多いとうのが気にはなっていましたが、社風として何もしないで業績を上げるという方策を思案している中、外資系コンピュータ会社の歩合給で成績が達成できなくて転職を考えざるを得ない社員を、如何にも出来る社員として売り込まれたのを勘違いして採用をしていた人事部の無能ぶりが発揮されていたと感じていました。こういう環境は、自身は何の努力もしないで他人に業績を上げてもらえば良いとする貧弱な思想があり、企業として他力本願・短絡的な発想しか出来ない能力を如実に表出している一断面であると思っていました。