転職後の会社では管理職や役員が、ひたすら社内では無風でもめ事が無いようにと何もしなくても済むようにと願っていたらしいという環境では、年度初めの会社の業績計画も一応は現場の数字の積み上げを見るものの、役員は上場企業としての体裁を気にして少しでも業績が表向き向上しているように見せたいと思っているのが明々白々で、現場に対するノルマはお上からお達しがあるような感じで押し付けられていたと思います。そこには現場の自主性は皆無で、上意下達が当然という今どきはやらない暗黙の認識が社員に共有されていたのではないかと思います。
管理職や役員は何もしないで業績が上がるわけでもないのを理解出来ていないのは、情報処理という特殊な技術の実務経験が無く、現場の実情に疎いのにも関わらず年功序列で管理者とか役員になるせいで、屁理屈ばかりこねるのが得意な連中が多いと感じていました。社員も若手の出来る人はどんどん転職していくので、残った社員は大人しい羊みたいに自主性も無く上司から言われるままに動くだけで、何の取り柄があるのかなと思える人が多数派と見えていました。そういう社内事情から、業績は時の情勢とか他人の温情任せにしか動かない会社だろうと思っていました。一時の会社合併とか他人からの紹介を頼みにする営業姿勢なのにも関わらず、毎年無謀な業績計画を立てていたのを見ると、自分の実力を自己評価できない役員や管理職が揃っていると思えました。
事業部長からパワハラを受けて以降の50歳から67歳退職までは、私は社内で疎外された存在というので、当然ながら会社の中の独立会社みたいな働き方をせざるを得ませんでした。管理者や役員が何もしないという風土は、イノシシ如くひたすら前に向かって進むという仕事振りは、管理職や役員から文句を言われなかったのが追い風になっていて、一人で社員何人分もの業績を上げることが出来た原因の一つになったのかと思っています。今更ながら考えてみれば、私の仕事に対する積極的な姿勢と、社内の何もしない風土とは所詮水と油みたいなもので永遠に交わることのできない関係でもあったと思います。社内のどんよりした活気のない空気とか、上司からの見栄えばかりを気にする管理者とかの存在が疎ましく思えたのも、自分とは全く違う世界に住む人間なので当然だったのかなと思います。
時々、徹夜で顧客に対する資料や見積書を作成するという仕事をしていた時があって、夜も12時近くになって職場に若い他事業部のエンジニアがふらふらと現れることが間々ありました。そのエンジニアの様子を見ていると、残業しているエンジニアとだらだらと雑談をしにきただけで仕事の打ち合わせではなかったというのが分かり、私にはこういう行動が信じがたいと思えました。仕事も無いのなら早く帰宅してさっさと休みたいと思うのは普通だと思いますが、友達が残業しているからというだけで夜遅くまで残るという行動は信じがたいことだという印象を受けました。こうしたイレギュラーな行動をする社員を、管理者や役員が作り出しているというのを認識できていない現実があって、そういう現実を直視すると不幸と言えば不幸であったなと思います。