40歳で転職した会社では何もしないという文化が根付いていたのですが、転職後最初3年間は新規事業部で目立って役員になろうと想像していたらしい部長から営業マンにだけ対して、あれこれといちゃもんを付けるという仕事振りで大変嫌な思いをしました。この時、部長自身は嫌われているという認識は希薄で営業マンにいちゃもんをつけて何とか業績を伸ばそうとしていましたが、何もしない文化の中でぬくぬくと何十年も過ごし新規事業部という部署に突然異動になり、多分何をすべきかも考えられなかったので、目の前にいる営業マンの行動にいちいち文句を付けては、自分の仕事をまっとうしているという勘違いをしていたと想像をしていました。以前のブログでも当時の様子は書きましたが、私もかなりの業績を上げたと思いますが、暫くすると事業は崩壊して私が契約したほとんどの顧客を失いました。当時の部長は会社にサラリーマンとしてどれほどの貢献度があるか自己評価も出来ずに動こうとしたと思いますが、所詮何もしないという職場で長年育ってきたので猿知恵程度しか出てこないのを自らが認識できなかったのが事業崩壊の一因だったと思っています。
これ以降は職場とか部署名も変わり、所属する会社名も合併で変わりましたが、同じ職場に20年以上も在籍しました。それなりの業績を上げたこともあったせいか、管理者や役員から変ないちゃもんはつきませんでした。私はビジネス拡大にわき目も降らずどんどんと走るので、事業部長が段々と不安になり商談の途中で案件を他事業部に移管してほしいという事は何度かありました。これも、何もしないでひたすら安穏として何も起こさないという風土に根差したものからくるものだろうと思っていました。
50歳を過ぎた時に事業部長からパワハラを受けた後、管理者や役員は私の行動については放任状態となり、私も自分で勝手にやらせていただきますという様な事態となって、組織の一員とはいえ独立した会社が社内にできたようなものになりました。接待費は殆どを自腹で賄っていましたが、大きな出費の時だけは上司の承認を得なくてはいけないので、年数回の数少ない言葉を交わしたという時が長く続きました。
 
私が在籍している時に感じたのは、何もしない風土の会社であるという事は殆どの社員は認識していないのではないかという事でした。先回のブログでも紹介した通り、新入社員で入社して職場環境の理解度が進む頃に、少し出来のよさそうな社員は転職するという事が間々あり、自然と残される社員はそういう職場環境とか風土には鈍感な連中しか残っていないことになっていたのだろうと思います。そういう職場環境なので自然と多数のヒラメ社員とかコバンザメ社員が育つという素地ができていたとも思っています。
事件が起きて何か事を起こすとなると、それなりに自身のエネルギーも相当消耗するし、サラリーマンとすれば自己評価が気になるのが人情で、社内に対してはいい顔をしたいという気持ちも働き、考えた末には知らん顔をしてやり過ごすというような事が最善として横行していたのだろうと思っています。それが社内の問題であれば、社員の誰かが損をして誰かが得をするという様に狭小な世界の事として済まされます。しかし、顧客との契約とかトラブル等の色々な社外問題となればそうもいかないのですが、基本的に何もしないという風土からくるのか知らん顔をして済ますという様な事になり、世の中の常識としては如何なものかと思う様なこともあったと思います。