個別の事象については以前のブログで大まかに紹介しておりますが、転職した事業部から子会社に異動後に会社は新会社となり、更に退職前には別会社を吸収合併して新会社となったという企業に勤務していたのですが、職場環境というのは会社名が変わったりしても変化は無かったと感じています。
いい意味ではのんびりした光景にも見えますが、それは会社として切磋琢磨していないという証拠でもあったかなと思うし、人材にも恵まれず凡人が集まっても何も成果が出ないという企業の典型を見ているような気もしたのでした。
そういう凡々たる社員の中で新しい顧客との契約を次々に展開していた私に対して、役員や管理職の中には妬みや羨みを持った人もいて、何かにつけていちゃもんを付けてくることがありました。私はサラリーマンとして給料の対価として業績への寄与と言う普通の思想を持っていました。社内には能力も無く風貌もとても私の上司として紹介出来ないと思えるような管理職や役員が多かったので、顧客に対して自然と自分自身で自作自演をせざるを得ないような仕事振りだったと、退職した今頃になり改めて感じているところです。
顧客から見るとえらく熱心な営業マンというのを評価されて契約に至るのですが、契約に至る前には上司を紹介することは契約の障害になると何時も想像されて出来なかったのでした。契約さえできれば顧客も付き合わざるを得ない状況となりましたが、上司の発言や行動が安心は出来ませんでした。時々はそういう非常識な上司の発言や行動に対して、後日言い訳をして解説をするというような事も多々ありました。役員や管理職にも私の努力を素直に見ていた人もいましたが極少数であったというのは、それだけ社内には良識のある人が少ないのかなとも感じていました。

こうして考えてみると、私が営業マンとして契約した顧客というのは、私が勤務していた会社には似つかわしくない顧客ばかりだったのだろうかと思えるのでした。会社の体質を私自身の対応や説明でカモフラージュしていたのは間違いのない事実でした。当然ながら、契約後の顧客とは色々な面倒な問題が発生するのは自然の成り行きで、無知な上司や役員からは何故利益が上がらないのかとか指摘されることもあり、所詮目先しか見えない明盲の管理職や役員の発言には呆れるしかなかったのですが、社員として従うべきは従わざるを得ないとして無理難題を顧客に伝えたこともありました。当然の帰結として、私が営業マンとしてその顧客の担当を外された後には顧客は契約を解消したのは、私の上司や役員は単に変な顧客であったとしか見えなかったのだろうと思えました。
私が契約した顧客は自身がサラリーマンとして働いているうちは、社員の務めとして契約を増加したりするのは当然と考えていたので、業績向上を優先して考えると顧客関係の強化のために個人的な大きな負債を作ったのも仕方なかったのかなと思っています。営業マンたるもの個人的な費用の支出は我慢せざるを得ないというのは転職前の会社では教育されていたので、この会社で管理職や役員が、交際費とか簡単な部下との飲食でも支払いに困窮していたのには驚きを隠せませんでした。そういう小さな金額でも全て経費で落とそうとするせこい思考は管理職とか役員とかの資格がないので無いかと思える時が多々見受けられて、これも社風としては恥ずかしい部類に入るのだろうなと感じていました。
費用で思い出したのですが、事業部の中で業績の悪い事業部に配属された事業部長が早々にしたことが社員の交通費の抑制というのでタクシーを利用するなという事だったそうです。この事業部長は、まともな仕事をしてないという事を自ら立証したようなものですが、貧すれば鈍するという発想しか出来ない社員を配属したのも社風なのかなと感じていました。