今月24日で夏休中のアルバイトが終わってブログを書いています。公立小学校や中学校に入校するという体験をして、肝心の仕事なんかよりも学校や先生の実態の一部が垣間見れたことの方が余程面白かったという感想を持ちましたので後ほど書くことになると思います。
 
毎日をパソコンで資料を作るという作業ばかりをしていた1年間、朝の通勤時の記憶を紐解いているのですが、裏通りの通路に居並ぶ店の様子が人生模様を見ているような気になって面白いと思いました。長いサラリーマン生活しか経験の無い私にとっては、そういう異人種の様な生活を送る人々に対する興味だったかもしれません。
地下鉄の改札を出て大きなビル街を抜けて二つの大通りを渡った先の地区には、表通りのビルの裏側に小さな個人所有らしい古びたビルが並んで、そういうビルの一階は殆どが何らかの商売をしている店舗や飲食店になっていて、私は歩道のある通りを歩かず、そういう裏通りに生活感を感じて自然と毎日誘われるようにふらっと入りました。
裏通りのビルだけに貸主が決まらず私が1年間通勤している間の最後の数か月になって漸く店が開店したというようなビルもありました。そういう小さな古びたビルで住宅兼店舗という蕎麦屋の一階を通ると毎日少しばかり開けた厨房のドアから見えるのは蕎麦を茹でている店主の姿でした。昼には近くのビルに勤務するサラリーマンが大勢来店するので蕎麦を茹でているとは想像できるものの、時間が早すぎるなという風に感じ不思議に思いながら店先を歩いていました。このビルは暫く後には解体されるという事態になるという事になると、解体の現場には日本語が流暢な色の黒い外国人が全てを仕切っていたので、ご時世かなという感想を持ちました。
私が通勤を始めて割合に早くに開店したのが、若い女性が経営する宝飾店でした。通りから見える店の窓際には殆ど商品は置いてなく、店主らしい女性が店の中でパソコンを操作していました。小さな店とは言え毎月のビルの賃料も必要だろうし、経営は大丈夫かなと他人事ながら心配をしながら、客のいない店の前を朝晩見ていましたが、私が通勤をしている間に閉店するというような事にはならなかったので、どうして稼げるのか不思議だなという風に思えたのでした。
朝方には年配のビルの持ち主らしいお婆さんが道の掃除をしている光景とか、ビルの前に積まれたごみの山とか、朝日がビルの谷間に細くしか入らず薄暗い雑然とした印象を与えるのですが、夕方陽も落ちて雑居ビルの1階にある飲食店の灯が入ると、通りの印象が一変するので面白いと思いました。暗闇は余計なものを見えなくするので、朝にはごみごみした裏長屋に見える場所にある店が明るい照明で洒落た店に変貌していました。街路灯よりも飲食店のこうこうとした光で歩道が照らされて歩きやすい道になっていました。朝方の何の変哲もない無機質のしもた屋風情の通りがあたかも感情のある人間に生まれ変わったのかと思えて、歩いていても心が高揚するように感じました。
裏通りを歩く途中にイタリアンの居酒屋があって、店の半分がオープンスタイルのヨーロッパで普通にある道路にパラソルを出して机と椅子を並べた洒落た店構えなので、その店の作りが面白いと思って見ると店主が何時もにこにこして会釈をされるので困ってしまいました。酒をたしなめれば一杯ひっかけてもいいかなと思えたのですが、下戸だけにこちらも笑って通りすぎてしまうだけという毎日でした。
 
そういう通りに昔懐かしいSPレコードや蓄音機販売店がありました。随分と昔に一二度分かりにくい道を尋ねながら、蓄音機の音を聞きたいという興味から来店した記憶がある店でしたが、毎日の通勤途上に現れたので縁を感じざるを得ませんでした。それに加えて、こういう特殊なものを販売していて十数年も経営がよく続くものだというのも驚きでした。ある日、通勤の帰り道に店に入って若い店員と雑談をした時、、折角だからというので蓄音機でSP盤の音を聞かせてくれました。どんな音かと期待をしたのですが、私の好みからは外れた音だったのでよかったと思いました。サラリーマンとして会社に入社した直後、当時はSP盤に随分と惹かれていて、わざわざ会社を休んでSP盤を販売しているデパートに行くくらいの熱情を持っていた過去があり、この店でSP盤の音に惹かれたら、高価な蓄音機は欲しくなるだろうし、SP盤も買いたくなるという恐れがあったからでした。この店の前を通る最終週の帰宅時、SP盤を再生して収録したCDを買って心の区切りをつけたような気になったのでした。