派遣社員として毎日1年近くも銀座の辻々を朝晩歩いているとすっかり道の達人のように思えて誰かに道を尋ねられても全て答えられそうな気分になっていました。
しかし、道を教えてほしいといわれるのは以前に紹介した通り、中国の若い男連れや夫婦ばかりでした。指さししながら、あっちとかこっちとかを簡単な英語で言えばおしまいというような事ばかりで終わってしまう事ばかりでした。

そろそろ派遣の契約期間も終わりに近づいたある夏の日の夕方、新橋に近い銀座のある路地で中学生らしいリュックサックを背負った女の子がビルの守衛さんに道を尋ねているところに出くわしました。道を尋ねられた年配の守衛さんは要領を得ない様子だったので、私が割り込んで「何処に行きたいのですか」という風に切り出しました。
「私が責任をもって送りますから」と言うと守衛さんは助け船が来てほっとした様子なのを尻目にして、訪問するというビルを探している迷子の女子中学生と歩き出しました。女子中学生から訪問するビルの住所を聞いてみると、自分自身でこの辺の筈なのだがと思い込んでいた住所らしいと思しき街の一角をぐるりと一周しましたが、目当てのビルはありませんでした。
女子中学生と一緒に歩いていた時に、女子中学生のスマホがブルブルと震えて着信を知らせたので「出ないのですか」と私が言うと「遅れているので督促です、出なくてもいいんです」と言われると益々急がなくてはいけないというのが分かり少しばかり焦ってきました。
同時に、女子中学生がスマホで地図を表示させて、行きたいビルの場所を見せてくれました。それを見て私は漸く方向感が分かり、それは同じ町名ながら大きな道路を挟んだ反対側にあるという事が分かりました。
女子中学生が受験か何かの説明会に向かうらしくて遅刻しているという状況が分かると、のんびりと帰宅するという気分がすっかり失せて、顔から脂汗が出るくらいに焦っているのが自分でも分かる程でした。
それに目的のビルに行くには大きな道路を歩道橋で渡らなくて行けないと思って、何時も通勤で使っている歩道橋もエスカレータでは遠回りになるので、階段を早足で上がって行きました。歩道橋の上まで来ると、女子中学生の持っているスマホの地図画面で目的のビルが目の前にあったので「あのビルでしょう」と指さして漸く行き先のビルが判明したのでした。
この時、丁度歩道橋の階段を下っている同年代のリュックを背負った女子中学生らしい姿が見えたので「あの子も同じ場所に行くんじゃないのかな」と女子中学生に声を掛けると、道案内のお礼もそこそこにして、迷子の女子中学生が早足で前を歩く女子中学生の方に駆け寄って声を掛けました。案の定、同じ説明会に出席するらしいと見えて並んでビルに入るとこまでを確認することが出来ました。
ビル内に入って行く二人の女子中学生を見ながら、私は再び帰宅の道を歩き始めました。一応は目的を果たせたというほっとした気持ちよりも、自分の知ったか振りを猛省していました。慢心するということは何かしら問題を起こしてしまうものだという事と同時に何時も謙虚になる事こそ必要だという何処かで聞いた覚えのある諺が聞こえてくるような心持になったのでした。