40年以上もの長いサラリーマン生活の間、通勤に関する思い出は多々ありますが、どういう訳かやたら鮮明に脳裏に残っています。27歳で丸の内に通勤を始めた頃は、東京中央郵便局の前の路上には靴磨きのおじさんが何人かいてサラリーマンの靴を磨くだけでなく、修理などをしていました。若いころは朝から晩まで走り回るばかりでもなかったのですが、靴を自宅で念入りに磨くということはしたことがなかったので職人さんに磨いてもらったら綺麗になるだろうかと試しに何度か磨いてもらったことがありますが、自分で磨くよりは違う綺麗さになったのを覚えています。
派遣社員になってからも通勤の風景というのは年齢が高いというのは関係なく益々鮮明になっていくのは、毎日毎日同じ道を歩くと日の当たり具合や風の強さというようなものが日々変わり、歩道の街路樹も季節の移ろいを告げてくれる変化があるのを益々敏感になって感じるだからかと思っています。年を経る程に感覚が研ぎ澄まされるというのは、脳は老化していくという身体的な劣化とは相反するように思えますが、毎日を視覚や聴覚や触覚を通して季節の変化を感じる生活をしてきたことによる鍛錬の成果とも思っています。
 
派遣社員になってから最初は最短の道筋で派遣された会社までを通っていたのは、それまでに顧客として訪問していたのは違い自身の職場になったという自覚から合理的な思考が出ていたからだと思います。しかしながら、数か月も経過すると毎日が一日中事務所内で過ごし、社員食堂でカロリーの高い昼飯を食べるという生活で体重がみるみるうちに増加したので危機感を感じ、朝晩の通勤時間を長くして運動量を増やそうと思い立ったのはごく普通のことだと思います。
派遣社員として通勤を始めてから半年も経過しない頃には、通勤定期の区間は変更しないで、地下鉄の下車駅一駅前で下車して歩く時間を長くして、最短の通勤路から十数分も長くして30分弱を歩くという毎日を始めました。
この少し歩く経路に新橋寄りの銀座の半分くらいのエリアが含まれました。このエリアは碁盤の目の状に道筋があるので、毎日順番道筋を替えて歩くと店の並びを見て歩くことができました。朝の8時頃の通勤時間帯には昨晩の飲食店からでたゴミも大体が回収されているので飲み屋が多いビルの並びでも嫌な感情を持つことなく歩けました。夕方の帰宅時に同じ道筋を歩くと、変に人が多かったりすると風景が全く変わってしまうことを感じることが出来ました。
 
こういう少し長めの朝晩の通勤を始めてから、銀座の街から築地方面に抜けるためには最後には昭和通りの歩道橋を通らなければなりませんでした。この歩道橋は水の流れのように通勤時間帯には人が線状に一列になって歩いていました。そういう混雑もあるという理由でエスカレータがあったのが特徴的な歩道橋でした。
エスカレータで歩道橋を上がると、雲が無い日には正面に太陽が出ているので直射日光が顔に当たり、夏は暑さを感じ冬には眩しさを感じるという面白い場所でした。歩道橋の上は結構広いので大勢の人が行きかっても混み合うという事はありませんでした。銀座方面からエスカレータで上がった右手には汐留穂方面に群立するビルが一望できるので、外国からの環境客の撮影スポットになっているようでした。
私は景色も良い場所だと思いましたが、個人的にはここから東京タワーと東京スカイツリーの両方が望めるのが興味深く思えて小型のカメラで撮影をしました。この歩道橋の上では、南側端に東京タワーはビルの合間に見えて、北側正面に東京スカイツリーが眺望出来ました。朝は太陽に照らされた光景、夕方はライトアップされた光景が毎日見られて通勤の楽しみの一つになっていました。しかしながら、普通の大勢のサラリーマンにはそういう事には興味を持つ人がいないらしく、私が東京タワーや東京スカイツリーを撮影しているのが不思議に思えるらしく見て通り過ぎていく人ばかりでした。
又、この歩道橋からは朝は何の変哲もない銀座方面のビルの谷間の通りが、夜には電飾やビルの明かりで景色が一変するのも興味があって、明らかに夜の景色の方が朝方の景色よりは勝って感じられるのは都会という環境のせる業なのかとも感じていました。