私がシステム開発を発注した会社の情報システム部に派遣されても特別な仕事は無く、自らやるべきことを探すというような状態でした。通常はシステム開発の週次プロジェクト会議で配布される資料の整理とプロジェクトで必要とされそうな資料作成をしていました。
プログラムの製造が終わって外結テストというフェーズに入ると、システム開発を受託した事業部のプロジェクトマネージャーからプログラムの総ステップ数が公表されました。プロジェクトマネージャーはもったいぶってその数字が大きいというような言い方をしていました。
この時、私はシステム開発の内容の妥当性を調べられないかと調査を始めた頃だったので、このプログラムの総ステップ数の公表は非常に役立ちました。同時に、この後にプログラムが顧客も知らない間に、システム開発を受託した事業部の独断で製作し50本も増えてしまったのですが、総ステップ数について何のコメントなく最終的な数字は分からずじまいでした。
又、当初提案は5機能のシステム開発でしたが、基本設計を始める時に5機能の開発は当初提案費用を超えてしまうので、一つ減らして4つの機能だけにして当初提案費用でできますという目論見がシステム開発を受託した事業部から提示されていました。実際には、その後の基本設計延伸で相当額が増額されたという経緯がありました。機能は減らすわ、費用は増やすわとやりたい放題でしたので、当然のことながら費用は世間離れしたものになったということもあると思います。

システム開発の費用試算をする場合には、プログラムのステップ数・画面数・帳票数・バッチ数等の色々な要素で試算する方式が多多あり、偏りのない数字を求めたいので3種類ほどの方式で試算をしました。しかしながら、いずれの方式で計算しても、システム開発を受託した事業部の提示した費用の半分程度の数字しか出てきませんでした。少しは余裕度を見ても精々6割程度の費用試算となったので、システム開発を受託した事業部の見積金額が如何に高額なものであったかが証明されることになりました。言い方を変えれば、利益がそれだけ高額であっただろうという想像もできるということでした。
同時期に、工期と品質についても計算をしてみると当然ながら工期は長すぎる、品質は悪いという結果がでました。工期は以前から説明をしている通り、目的の無かった基本計画の半年と基本設計の延伸半年がまるまる世の中標準のシステム開発工程からは長すぎたという評価になりました。システム開発を受託した事業部には顧客の業務内容を学ぶという姿勢が無かったので、基本計画などは無しで最初からプログラム開発の準備をするのが、システム開発を受託した事業部の仕事の仕方としてまっとうなものであったのだろうと思いました。システム開発を受託した事業部ではシステムという概念は持てなくて、プログラム開発しかできないという一段低い能力しかない集団なので、設計等ということはそもそも無理であったという事が、この時のシステム開発の費用・工期・品質を評価して明らかになったと思いました。
プログラムの品質は先回も述べた通り自ら立てた合格数字を自ら低く変えて合格にするくらいの程度なので、私がレビュー数とかバグ数で評価した世の中のシステム開発の標準からは落ちるものであったというのは当然の帰結だったと思います。
 
情報システム部に在籍すると漸くこの会社の仕事の内容が理解できるようになりました。この顧客の業務は少し複雑な手続きのものもありますが、一般の会社の業務内容と比較すれば極めて簡素な業務という印象を受けました。それに加えて、データ量が極めて少量なので、普通にシステム開発すれば障害などは発生することは考えられないというのが感想です。この新しいシステム開発をする前に、オープン系で開発した一部の情報系システムは障害は殆ど発生しなかった事で証明されているようなものでした。ところが、新しいシステムでは色々な障害が度々発生するというので、品質に問題があるというのが判明しています。
この新システム開発以前はホスト計算機を導入して、素人の情報システム部員がプログラムを自分で作成し、業務上色々な障害を発生させていました。そういう以前の障害発生状況を考えると、新しく金をかけて開発したシステムは、素人同然のエンジニアと呼ばれる人たちが開発したシステムとも言えると思いました。システム開発の評価を定量的に行うと、システム開発を受託した事業部の能力が低いという評価になりました。
顧客はシステム開発費用の半分を返して貰っても、出来の悪い1000本のプログラムだけが残るという結果となり、不満の残るシステム開発プロジェクトを経験することになったという事だと思いました。
以降のブログでは、そういう能力の低さとはなんであったかという事例を思い出しながら書き綴りたいと思います。