私が40歳で転職して1年後位の時期で、今から30年程の前の話です。転職先の会社で新規事業の売上増のために色々な施策を自ら考えて実行していました。その中で貧弱な営業体制では売れないと思い、代理店による販売を切り開いていた時に、たまたま某大手情報処理会社の関連会社との縁が出来て、その情報処理会社の丸の内本社1階のショールームで展示会を開催しました。私の勤務していた会社の製品を売り込むだけでなく、同時にその情報処理会社の製品も売れるというので両社にメリットがあるというので実現したものでした。
この時、私は営業担当として若い20代の人に交じって自ら製品説明をしていました。その本社1展示会場に、新しい販売協力というのが出来たというので喜び勇んで大手情報処理会社の課長が挨拶に会場に現れました。課長からは色々な新しい事にチャレンジしていますという様な話を聞きました。展示会の最終日にはビル最上階にあった役員用のラウンジで、展示会関係者全員に懇親会を開催してくれたという事で記憶にとどめることになったのですが、その当時の課長さんが昨年に社長に就任したというのを新聞で見て驚きました。当時初めて面会したにも関わらず、実績も無い一代理店のために慰労会を開催してくれたという気遣いは、社長になるという素質があったのだということかと理解が出来ました。
私が嘱託契約を継続しないと契約終了の4カ月前に上司である営業部長から宣告されて、急いで就職先を見つけないといけないと思い当時の取引である会社の情報システム部長に頼み込んで派遣社員として採用をすることに決まったのは、嘱託社員の契約終了を言い渡されてから1カ月後くらいだったので営業部長には嫌な話に聞こえたと思います。そして、私が4月に派遣社員として情報システム部で勤務を始めた頃に事件が発生しました。
私の勤務していた会社の役員がわざわざ取引先である私の勤務する会社の役員に面談して、私が会社の情報を持ち出しているとして私個人を調べてほしいという事を要求したのでした。
この顧客のシステム開発で、1年前の基本設計フェーズの終了時期の延伸に次ぐ延伸をしていた時に知らん顔をして一度も取引先である役員に言い訳にも来なかったのが豹変したのでした。この役員はシステム開発を開始するにあたり顧客役員と会議をした時には顔をだして責任者として出席していました。
当日、情報システム部長と私が役員に呼び出されると、別室で私の勤務していた会社の上司と人事部長が待っていました。情報システム部長は「こういう話は役員ではなく、まず私に話を通すのが筋でしょう」と息巻いていましたが、相手は蛙の面に小便とばかりに無表情で反応はありませんでした。
当日人事部長と一緒に自宅まで行って私の私用パソコンからハードディスクを取り出して調査をするということをしました。当然ながら会社の情報などはありませんでした、逆に私の個人情報を会社に開示されて非常な迷惑を被ったということになったのですが、当の人事部長や上司からは何の釈明もなく現在に至るということになっています。
私が会社を辞する前に転職先の会社に送ったのは、既に転職先の会社に提出した資料で、それらは全て私が作成したり関わったりしたものなので、そういう情報を消したい時は私を殺すしかなかったということです。そういう状況判断が全く出来ないという役員が揃っているという事が明らかになった時だと思いました、
大手情報処理会社の社長になる社員と弱小システム会社の役員との差がこれほど明瞭に出た時は無いとも感じたのでした。出来る人材というのは弱体企業ほど集まらないので逆に学校名とかに依存せざるを得ず採用するので、ますます弱体化は止められず、笛吹けど社員は踊らずという企業環境を役員自ら作っていることにさえ気づかないのではないかと思っています。