新システム開発中断の方針が出たのは8月中旬だったので、私は9月末にはプロジェクトは解散するかと思っていたのですが、実際は半年以上もかかり終了したのでした。
癖のある次長はプロジェクト中断で気落ちしているかなと思っていたのですが、案外さばさばして「事後処理があるので・・・」と言っていました。会社の中では、癖のある次長が仕切っていても組織上は役員である取締役が責任者と目されていて、次長は少しは風よけが出来ていたのかも知れないと感じました。
プロジェクトは切りのいい9月末終了ではなく半年も延期されたのは、外資系コンピュータ会社から急に中断されても困るので助けて下さいと言われて、ずるずると引き延ばしを図ったものだろうとは容易に推測ができるものでした。社内で名目さえ立てればプロジェクトは延命できると癖のある次長は分かっていたようでした。癖のある次長は、プロジェクトで誰が何をいつまでもという重要な情報を全く把握していないので、何となく他人から言われたことを鵜呑みにしているところがあるのでした。完全に管理能力不足というのは日ごろの言動から分かっていたのですが、それが裏目に出たのが新システム開発というプロジェクトの実質責任者という立場ということだと思いました。
私の勤務していた会社の仕事でも、新規に開発するシステムの内容が異常に膨らんで、JOB数といわれるものが「百位だ」と癖のある次長は言っていたのが現場のエンジニアからは「千ですよ」と聞いたので慌てて癖のある次長に報告に行くと無言でした。自分の想像以上にシステムが膨らんでも何の対応策も出さなくて、システム開発をしている外資系コンピュータ会社の下請けのプログラマの力量に任せるしかない状態になっていたのだというのが明らかになったのだと思いました。このプロジェクトは技術面でも最初から外資系コンピュータ会社に全部お任せでしかできなった事の証であると共に自らそういう方針で臨んで失敗したということでしたが、癖のある次長は自らの技術面の力量不足があったという事実を理解したのかどうか分かりませんでした。
システムというものが人間とコンピュータの間にある影の見えない役者みたいなものなので、その役者に振付をして仕事をさせるというのを最初から決められないので、役者作りは低レベルの技術者によって安易な方向にどんどんと向かって行ったという事だろうと私は理解しました。
この事件で感じさせられた教訓はシステム開発というものは、簡単に形式化できるようなものではなく、対応する技術者の頭の柔軟性が何処まで対応できるかという評価レースではないかと思っています。一言では説明できないと思いますが、簡単に言えば本当の技術者の経験や技術能力が問われる仕事といってもよいかもしれません。
システムという役者が目に見えないのが厄介で、そういう目に見えない商品特性があるので、変に口先が能弁な技術者という肩書を持ったベンダーの部長職とか役員に騙されやすいという性格の仕事だと理解しています。
私の勤務していた会社の役員の中でも技術者と称する人にはそういう軽口人種が多いというのを、日ごろの言動を聞いて薄々感じていました。最も組織上は能力レベルが低いと分かっていても上司なので「はいはい」と分かったふりしか出来ないのは当然でした。システム開発という仕事の世界で、口先が滑らかというのは顧客や社内の事情を分からない人には響きよく聞こえるのですが、実際の仕事上では全く逆説的にしか作用しないので、そういう会社のする仕事は顧客に要望には全く応えられないものを作っていたと感じていました。後述になりますが、そういう事実は私の勤務していた会社を退職する直線に経験したシステム開発で実証されたのでした。