夜の接待で記憶に残るのはやはり食い物の事しかありません。私は酒を飲まないので、ウーロン茶を飲みながら癖のある次長がぐいぐいと勢いよく酒を飲むのを感心してみているだけでした。繁華街にあるレストラン街では最終的に何回も通い顔なじみになったのは、京都の料亭の出店でした。
この店は私が転職前の会社に勤務している時、どうしてもシステムを受注したいお客様がいてユーザー見学を京都の町工場で行いました。お客様の専務以下技術者が3名程同行して工場の現場を視察したのですが、専務は肝心のコンピュータシステムよりも現場の作業工程に興味が湧いて担当者に「作業の仕方を見ておきなさい」と語気を強めて技術者に言っていたのを覚えています。工場見学が終わったのは午後5時も過ぎて夏場でしたが少し暗くなってきたので予約していた料亭まで車で移動しました。料亭では主人らしき人が挨拶に来たので特別な客とでも思われたのかと勘違いした程でした。借景の庭を見ながら、色々な形をした器に少しずつ料理が乗って出来てきたので満腹になるのか心配でしたが、食べなれない高級な料理でちゃんと腹一杯になったので私は満足でしたが、お客様は田舎の会社の人達ばかりでしたのでえらく恐縮をするばかりでした。これで舞妓さんでも呼べば絵にかいたような酒席になったと思いましたが、それは普通の接待では度を越しているし、会社でもそんな接待は認めないと分かっていたので段取りはしませんでしたが、何となくそういうことが似合いそうな座敷の雰囲気で、酒の飲めない私でも非常に楽しかった印象を持ちました。
この料亭の出店は京都での好印象が残っていたので、自然と何回も足を運ぶようになっていきました。値段が少々張るのが玉に瑕に感じましたが、とっくに癖のある次長への接待では会社への請求は諦めていたので、どうでもいいやと少々投げやりの気持ちで一番高いコース料理を注文していました。癖のある次長は遠慮も無く高い地酒とか好きなワインを飲みほしていました。料亭の出店だけにちゃんとした板さんがいるらしく、前菜・煮物・焼き物・てんぷらなどはどれでも美味しいのは当然でしたが、仲居さんがいちいち料理の野菜とか魚の種類を説明してくれたのは中々に楽しいものでした。大きな鮎の塩焼きも和歌山から直送された天然ものとかいう解説を聞くと、そういう物を食うだけの価値がある人間なのかと考えてしまうのでした。最後のご飯も普通の白飯ではなく鯛飯にはじまり、秋には松茸ご飯とか本当に贅沢だな思えるようなものばかりでした。こういう贅沢な夕飯が体重が増える事になる要因だろうと思い、癖のある次長を接待した夜は下剤を飲んで体が栄養を吸収しないようにと努力していましたが、効果はあまりなかったようでした。
この料亭の出店には2年以上にわたり度々行くので段々と顔がつながって、店の座る場所も最初は入り口付近だったのが最後には何時も店の一番奥に案内されるようになりました。それに夜も遅いので癖のある次長が散々に酒を飲んで少しは満足した頃には閉店の10時をとっくに過ぎていた時も「そろそろ閉店ですが」などという無粋な事は一切言われなかったのは常連客だからという特別扱いをされていたのかなと感じたのでいた。店のレジの前にはお土産用の佃煮とかが売っているので癖のある次長には家族用にと持ち帰らせていました。
癖のある次長の接待では、何処の店に行っても必ずお土産を持たせて帰らせるのが私の流儀だったので、そういう気遣いも毎度なので大変でした。お土産ついでに私がヨーロッパ旅行に行った時も、ウィーンのデメルで買ったチョコレート菓子を帰国後に宅配便で送ったら、夏場なのでチョコレートが溶けていたので冷蔵庫で冷やして固めたという連絡がありました。
又、この料亭の出店は昼も高い値段のランチがあって、癖のある次長の会社で午前中の会議が終わった後に何回も行きました。昼のランチは安いと言っても5・6千円もするのでこれまた懐が痛みました。私と癖のある次長がこの店にくるのは最後の客として夜8時から9時以降ばかりだったのですが、昼間は普通におばさん連中でにぎわっていて繁盛の程が分かる程でした。店の中に座る場所も無いと思っていても、私の顔を見た仲居さんがこじんまりとした小さな部屋を何時も用意してくれたのは常連客として顔が売れていたせいかと思ったのでした。
私が自腹で癖のある次長を接待している時には、会社の幹部は接待名目で私用で酒を飲んでいました。個人又は会社の仲間だけで接待をしたかのように偽装して申請する行為は内部統制上の違反行為であり、まして管理職や役員がこういう行動をするということになれば会社ぐるみの違反行為、コンプライアンス違反になると思いました。又、役員自身がこういう行為をやってたせいか、私が勤務している時には禁止の通達などは皆無でした。営業という職務上許されると勘違いして、建前の接待やゴルフをしている幹部が多かったように思えました。
海外出張も建前があるからと平気で繰り返し行く幹部もいましたが、明らかな内部統制違反・コンプライアンス違反でした。海外出張を認許する役員も内部統制とかコンプライアンスとかを理解していないと思えました。
最近は会社経営にガバナンスという考え方が使われるようになりましたが、建前があるから社内の承認は通るという考え方は明らかなガバナンス違反と感じていました。