最近ひょんなことか経営学のドラッカーの名言集なんてものを調べる機会があって概要を読んでいると非常に興味深くもあり、又部分的には日本でも諺があるぞと言う風に思えるような内容もありました。とかくドラッカーと言うと、難解とか分かりにくいとの感想を聞くことがあり、私自身は多数の著作を読んだことはありません。しかし概要を読む限りでは私のサラリーマン生活は一部のドラッカー流を身をもって実行していたのかというのも分かりましたが、私の勤務していた会社はドラッカー流を全否定するような会社であることも分かり感心をしました。
ドラッカーは経営学者といいながらコンサルタントでもあり、実際にデパートの売り場に立って調査したことがあるという程の現場主義者であり、日本でも学会があるようですが学者が仮想世界の空想をして議論をするような人間ではない非常に稀な人だと感じました。
ドラッカーの多くの名言は日本の企業では実行できなかったからこそ持て囃されたのではないかというが私の感想です。
    


① 業績は企業の内部には生じない。
企業の内部には利益原点は存在しない、あるのは努力原点だけである。内部の事柄に自らが企業の内部に飲み込まれてしまう事を許されないとドラッカーは指摘する。業績は、企業の外部の顧客や市場に依存する。こうした顧客が持つ購買力を、企業側の努力と交換しようとする場合にはじめて、そこに価値や結果が生まれるのだ。  
                                                                                                      私の勤務していた会社では役員や管理者は会議に明け暮れて、部下には数字をノルマ渡して終わりというようなものであった。業績を上げるために顧客や外部と緊密な接触などは全員が自らしようとはしなかった。精々何の効果も無い表敬訪問どまりであった。ドラッカーの言う業績をもたらすという努力は皆無でした。

② 利益が出るのは正常な状態ではない。
利益(プロフィット)とは人間の努力によって生まれ、損失(ロス)という正常な状態を覆すことから生ずる。物事がすべて純粋な確率(プロバビリティ)に基づいて進行するとすれば、正常な状態とは損失である。すなわち、利益とは発生しないはすである。こうした正常の確率を逆転させる仕事こそ、経営者やマネジャーの任務なのでる。マネジャーの本来的な責任とは、潤沢でない貴重な資源である人間や資材を受託し、これによって利益を社会のために生み出すという重要な責任を託されているのだと考えるべきである。                                                                                    私の勤務していた会社では役員や管理者は自らがコストしかないというのは殆ど意識が無かったようでした。お題目のノルマを部下に与えた後は海外旅行や接待と称して飲み歩いてコストを上げる努力ばかり。基本的に会社という組織の上に安住して利益は自身ではでは無く部下が持ってくるものだという文化でした。 

③ 経営者の仕事は、ほかの人々を管理することから始まるものではない。
経営者や管理者などというと、部下やそのほかの人々を管理することからすべては始まると、アメリカでも日本でも思い込んでいる人は多い。ドラッカーは、それはとんでもないミステイクだと断言する。 すべては、自分自身を適切に管理するという仕事から始まるのだと強調する。自己管理ができなければ、何事も達成することは不可能であるともドラッカーは続ける。        
私の勤務していた会社の役員や管理者できちんと自己管理出来ていた人は幾人が出来ていたかは甚だ疑問でした。社内には役員や管理者を取り巻く出世願望者が彼らをおだててばかりいた会社でした。いい気分になっているのを、ドラッカーごときの人間にあれこれ言われる筋合いは無いと吐き捨てる人の集合と思いました。