食品販売会社ではホストコンピュータに色々なソフトウエアを導入していました。その中でも、毎月稼働状況を報告する、物流で使っているパッケージソフトがありました。最初は毎月何気なくそのソフト名と稼働状況を、月に1回の報告会でデータセンターの管理者から何気なく聞いているだけでした。

時間のあるときに自分のデスクのパソコンで、そのソフト名が気になって検索をしてみました。会社名が出たので、その会社のホームページを見て驚きました。その会社の社長は以前私が担当していた会社にいた情報システム部員だったからでした。その社長の会社は化学会社の子会社でパッケージソフトウエアを開発販売をしているようでした。
あまりの事に驚きましたが、懐かしさと驚きを持って社長に電話すると相手も直ぐに私だと分かってくれたようでした。この社長が勤務していたのは、このブログでも以前に紹介したことのある川崎にあった会社でした。
現場は24時間運転ということもあって、社員は地方の高校を卒業した若い人が多く働いていました。そういう現場で少ない男女交際の機会として、社内で仮装ダンスパーティを開催していたので、粋な会社だという思い出があります。他人の会社はよく見えるという例かなとも思ったりしたこともありました。
この会社ではコンピュータの入れ替えで正月に作業をしましたが、その時に作業を手伝ったりケーキを持参したりとかした記憶があって、若い頃個人的には入れ込んだ顧客でした。
しかし、この社長には一つだけ負い目があって、その男がダンスパーティで知り合った女性との結婚の時に安く冷蔵庫を手配してあげたつもりだったのが、本人はプレゼントしてくれるものと思っていて、双方の思いに違いがあったということでした。当時の私の会社の状況からすると、その男に冷蔵庫をプレゼントできる程の財力や上司はアドバイスする程の知力が無かったという裏事情もありました。

直ぐにその社長を訪問してお互いの状況を話しあいました。社長は私よりは10歳くらいは若かったので一層立場の差に意識がいきました。社長は「情報システム部はコストセンターでね、こういう事業で稼ごうと始めました」という解説を聞くと、何かのきっかけで開発したソフトウエアを売り出したということでした。私の担当する食品販売会社にもこの社長が直々に売り込んで注文をもらったということでした。私の方は、転職したとか訳の分からんデータセンターの営業をしているとかの話を聞いてもらうだけでした。
後日、食品販売会社でこの社長が訪問したときにばったり出会って、お客様にこの社長とのなれそめを解説することにもなったのでした。
10年位後には、この会社も時流には抗することが出来なかったのか、そのうちに消えてなくなったようでした。この社長とも再び出会うことはないだろうと思いました。

業界は狭いのか、世間は狭いのか、全くもって人の世のつながりは目に見えない糸でつながっているのかと感じた時でした。この後でも、この食品販売会社を舞台とする、過去のつながりのある人が現れるのですが、ものすごい数の無関係な人ばかりがたむろする都会で、なんでこういう出会いがあるのか非常に不思議にも思いました。