私の勤務していた会社は転職前の会社とは違って、均質化を求めない社風もあって勝手気ままというように思えることも多々ありました。そういう風土なので私のような一見おとなしそうに見える頑固者でも長く勤務することができたのだと思います。

私が子会社へ出向になってデータセンターの営業を担当するようになってから、別の事業部ではソフトウエアの販売をしていましたが、年々数倍も売り上げが上がるという鼻息の荒いものでした。そういう状況を冷静に見れない部長はどんどんと社員を増やしたので、20年も過ぎた今頃では使い物にならない高齢の社員がごろごろとするという事態に至っています。一時期の風であるというような事とか、そもそも社員がやるほど仕事かと判断する能力に欠けているように思えました。
そのソフトウエア販売を統括していた部長は売り上げが上がるのでやり放題でしたが、横で見ている私には将来が危ういと思えましたがその通りになりました。
親会社の新規事業部門でも同じ事があり、こちらはハードウエアの卸販売でしたが風の吹いているうちは勢いがありますが、世の中の動きが変わるとあっという間に転落していきました。潮の変わり目がわからなくて惰性で続けているのでそういう結果に陥ったのですが、子会社で手がけていたソフトウエア販売も全く同じでした。

私から見れば当時売り上げが毎年何倍になったと言って自慢をしていましたが、そのソフトウエア販売の販売元は倍以上の売り上げ増でした。そういう見方からすれば努力が足りないという評価になりますが、この営業部長は増えた増えたと強気でした。
理由は不明でしたが外資系のコンピュータ会社から続々と転職の社員を受け入れているのも違和感がありました。人を見る能力が無いので有名なコンピュータ会社名に惑わされていたのだろうと思いましたが、私がそういう人たちと接して感じたのも使い物にならないという印象でした。事業の勢いが亡くなると自然にそういう人たちはいなくなりました、外資系のコンピュータ営業マンというのはそういう嗅覚には優れていてさっさと次の職場を求めていなくなりました。
こういう仕事の仕方は、この営業部長が事業部長になり役員で退職した後もずっと続いて、当たりの商品があるうちは景気がいいのですが、浮かれているうちに落ち目になっていくという事を多々目にしました。

この営業部長に対しては事業部も違うので何の感情も持っていませんでしたが、一つだけ許せないことがありました。外資系のコンピュータ会社から営業マンを自分の判断で採用していて、その中に私が担当していたデータセンターの建築について、子会社の素人の社員にデータセンター建築をそそのかした張本人だったからでした。そういう口八丁の人間なので、売り上げがあがっていることで頭が一杯の部長には判断ができなかったのだろうと思いました。その男は事業が落ち目になるといの一番で退職していきました。