私の所属する事業部の2代目の事業部長は前章で記述した通りの変わり者で偏屈でした。実家は金持ちであるという風に聞いていましたが、余裕があるという態度ではなくせせこましい貧乏人のような印象を与える人でした。どうしてこういう人が事業部長になったのかは不明ですが、この会社にはこういう不思議な人が事業部長とか取締役とか社長になるので私にはその理由が全く理解できまず、よくある年功序列ということだろうと思いました。この事業部長が連れてきた技術部長が今回の主役です。

技術部長は背も高くてがっしりした体格の大きな男でしたが、唯一の欠点は白髪頭という事でした。事業部の前技術部長を異動させた後釜に座ったので、当然周りの者からは白い目で見られることをわかっているらしく、言葉遣いも丁寧で低姿勢でした。これは事業部長とは正反対の態度でした。自分がいるべき場所の理解がよくできていたという事だと思います。
会議とか事業部の飲み会で話をして身の上がわかりました、自分で不満を言いたかったのかも知れません。自宅はますおさん状態で、大きなみかん農家の娘を嫁にしたので、その実家に住んでいて極めて質素な生活をしています。その質素ぶりは「毎日の味噌汁に具がないことです」と笑って言っていましたが、実家では言えない不満を酒の場で鬱憤を晴らすように言っていました。
事業部長との二人三脚なので毎日事業部長が帰るまでは自分も帰らないというような律儀な毎日を送っていました。たまには二人で帰ることもあったので、金持ちの事業部長からおごってもらっていたのかなと思うときもありました。
仕事上ではこの技術部長と少し摩擦を起こすようなこともありましたが、私も相手も何とか妥協点を探ろうという行動に出たので大事にはなりませんでした。しかしながら、某客先に駐在しているシステム開発エンジニアの損益が悪いので、これは切られてしまいました。私もこれは仕方が無いかなと思った件がありました。
この部長も次の変わり者の事業部長が自分の子分を技術部長にした時には異動になって元の地方の所属に帰って行きました。それから10年後に突然社内のメールでこの男の訃報が流れたので驚きました。
私よりも一回り以上も若いのに亡くなったのは、社内の軋轢と実家の見えざる圧力に抗しがたく亡くなったのではないかと推測したのでした。

人に気に入られて出世するのはよいとしても、並の人より早くに人生を終わるというのは、本人も納得がいかないまま最後を迎えたのではないかと思ったのでした。私に言わせたら、もっとやりたい放題して勝手気ままに過ごした方が死ぬに際しては悔いが残らなかったのではないか、とかいろいろと考えさせられました。