飲料販売会社のコンピュータを預かるところから始まり、その親会社の一部のサーバーも預かるようになって一段落したころでした。平成8年くらいのことだったと思います。
データセンターは不便な場所柄もありなかなかお客様が集まらなかったのですが、阪神大震災があった後に情報システム部の意識も変わってデータセンターにコンピュータを預けるという意識が高まり、私の担当していたデータセンターも一部を除いてほぼ満床にすることができました。

丁度その頃、飲料販売会社の課長さんから「今度は大きな話がありそうです」というので飲料販売会社の情報システム部長を訪問してお話を伺いました。
「親会社は大阪に別の会社のデータセンターを借りているのですが、ビジネスは東京に偏っていることもあり、東西にデータセンターを借りるという構想が持ち上がっています」という説明でした。東西に分散してコンピュータを設置すれば万が一の震災でもビジネスが継続できるという意味もあったようです。
私は「それで、何処のデータセンターになるのでしょうか?競争になるのでしょうか?」と質問すると、情報システム部長はにこにこしながら私に向かって「お宅のデータセンターでいいのじゃないですか、うん」と言ったので驚きました。
何事にも厳しい会社だけに、再び何処かの会社と競争でもさせられると困ったことになると想像していたのですが、案外にすんなりと増床しますという回答に驚き、大変に嬉しく営業マンとして一番やりがいがあったと感じた時でした。
親会社とは別途色々な人と親しくさせて頂きましたが、この場合は飲料販売会社の情報システム部長さんが私の勤務していた会社のデータセンターを推してくれていたようでした。
この会社だけではありませんが、お客様と一緒に歩むという私の営業マンとしての姿勢が評価されたのだろうと思いました。そういう姿勢は会社の連中から見ると嫌な奴だと思われることだったかも知れません。私の勤務していた会社では並の評価しかされなかったので、会社に行っても面白くなく思うことも多々ありました。お客様を訪問して無駄話でもしていた方が余程楽しいと感じることもあったのは、多分そういうことが影響していたのだろうと思いました。

飲料販売会社の親会社は将来を見越してデータセンターの半フロアを全部借りるという事を聞いて再び驚かされたのでした。当面はサーバー1台しか設置しないのに、広々とした場所を借りたので、ケチな会社と思っていたのは自分の思い過ごしだったと思い知らされました。
契約前には、例の社長と姻戚関係のある取締役が見学に来られるというので緊張しました。一度以前に見学しているので、設備とか屋上からの眺めとかは省いてくださいという指示があり、データセンターのコンピュータを設置する予定の場所だけを見てもらいました。相変わらずの威圧感のある態度で見学していましたが特別にコメントも無く「大丈夫だな」と言って終わりでした。経営者として物を見ているのかなと感じさせられた時でした。
取締役がデータセンターから帰るときは前回同様、飲料販売会社の情報システム部長が同乗して帰りました。何事にもそつが無い「さわやか」な情報システム部長は、この取締役に引き立てられて親会社の常務まで昇進したのではないかと思いました。