飲料販売会社の情報システム部長が異動になってからは「さわやか」な新任部長があちこちの会議に顔を出して自分を売り込んでいました。情報システム部員は、前任の部長は自分たちの犠牲になって転勤させられたという気持ちがあったので、新任の部長にはやりにくいという気持ちから積極的に会議に出ていたものと思います。普通の会社では部長だからというので威張り腐るのがふつうだと思いますが、この部長にはそういう事がありませんでした。又、社風としても上意下達というのがしっくりこない時もあるように感じていました。

この会社とは毎月データセンターで会議あって、1ヶ月間の間に起きた障害とか、新しい業務の説明とかが行われていました。新任の部長も参加するというので最初は少し緊張しましたが、折角不便な場所まで来ていただいたので、会議の終了後は近くのうなぎ屋で一杯飲むようになりました。
この鰻屋は今ではどうなったかは分かりませんが、老舗の料亭風の座敷があって、ここでは普通に色々な酒のさかながが出て、最後に鰻の蒲焼きというのがコースになっていました。部屋から小さなの庭が見える場所の障子は下がガラス張りになっいて、薄暗い庭には猫が我々の食べているものをうらめしそうに見ているのが面白くて、何時もこの猫が現われるのを楽しみにするほどでした。そうではなくて、逆に猫が我々の会話をきいていると風に思うと夏目漱石の小説の世界になっいたいたのかもしれません。

会議に出席していた新任部長と課長と私の三人であれこれと世間話をして、私はウーロン茶ばかりでいい気分の二人の相手をしていました。
新任部長は元々神奈川の出なので自宅も神奈川にあると言っていましたので、東京への転勤は幸運だと言っていましたが、しばらくすると再び大阪に異動になってしまいました。子供はたまたまイチローと同じ年の息子がいたので何時も自宅では「イチローはこんなに稼ぐよ」とプレッシャーをかけていると言うのが口癖でした。会社の内部の情報とかを聞かせてもらえたので自分の動き方も自然と分かるので大変に助かったという面もありました。
酒の飲めない私が酒の銘柄や種類をあれこれいう事も無くお酒を楽しく飲んで頂き、最後には必ずタクシーを呼んでお送りしたので悪い気持ちではなかったと思います。
そういう関係がしばらくして続いたので、次の大きなビジネスの広がりにも自然とつながったのだろうと思いました。
ちなみに、会議に部長さんが来られなくて課長さんだけが出席するときは、鰻屋は帰宅の路線とも違うので辞めて下さいという要請を受けて、地下鉄の駅の近くの中華レストランが定番の場所になりました。それも毎回同じだと飽きるだろうと思って、データセンターの近くの飲み屋を探すと、地元の人しか来ないという風情の看板が小さく出た飲み屋を探し出して行きました。お客は近所の人ばかりらしい喧噪な場所でしたが、出てくる料理はそういう店にありがちな新鮮でおいしい物ばかりでした。
こういう関係が部長や課長と出来ている間は、条件は厳しい会社でしたが対面で相談にのってくれたので業績は順調にのばすことが出来ました。

酒飲みでないだけに、酒におぼれずお客様と接することができたことが良かったのだろうと思いました。
接待で酒を飲むと言えば、自分が酒飲みなのでお客様をだしにする営業マンが私の周りには大勢いましたので、そういう連中とは全く違う飲み方をしていたということだと理解していました。