平成7年くらいのことと記憶していますが定かではありません。どうでもいいような男が二人記憶に残っています。自分の仕事に関係の無い人は殆ど記憶に残りませんが、この二人も直接関わっていませんでしたが変わり者というので記憶の隅にありました。

一人は障害者で足が小児麻痺で悪くなったかどうか分かりませんが、片足が不自由でしたが歩行には支障がありませんでした。企業は障害者を決められた割合で雇用しなくてはいけなという法律の下での雇用だったのだろうと思いました。
仕事は事業部の総務的な仕事で、図書室の本を整理したり、キャビネットの整理整頓とかをしていたように思います。会話は普通にできるので話をしたことがあります。写真学校に行っていたというので、どういう写真を撮っていたのかもってこいということになり実際に見せてもらう機会がありました。
普通に写真学校で制作というのであれば四つ切りの大きな写真をイメージしていたのですが、普通の2Lサイズくらいの小さいものだったので、なんでこんな普通の写真をもってきたのかと驚きました。その写真は船から海を撮影したものでしたが、何も特徴の無いものだったので「へー」と言わざるを得ませんでした。
後日事業部で懇親のソフトボール大会をしたときもカメラを持参して参加していましたが、高級なレンズをつけたカメラを持ってソフトボールの試合中、ベンチの後ろの少し高い場所で撮影するわけでもなくボーとして立っていました。この時の写真も、そういう高級な明るいレンズで撮影するような写真ではなく、平凡な写真だったので実力の程がしれました。
かくいう私も少しはカメラで撮影をするのを趣味としていましたが、当時はクラシックカメラを収集していました。写りの悪い写真を撮影して、会社の仕事の鬱憤を晴らしていました。
どういうきっかけかは分かりませんでしたが、総務部に30代の美人の女性が一人だけいて、この女性にこの男が声をかけたというので大騒ぎになりました。私も誰からか聞いたわけではありませんでしたが、事業部長が「あいつがxxさんに声をかけて迷惑がられている」と大きな声で周りの連中と話しているのを聞いただけでした。
この会社の女性陣は親会社から流れてきた年配のお局様風の年配の女性か、技術者として採用された普通の容姿の女性ばかりでしたが、その美人の女性は親会社から出向してきた女性と思えました。当時は未だ30代でしたが、その後も相変わらず会社に勤務していたので時々は見かけました。年々老けていくのが分かるので婚期を逃したのか、高望みだったのかと、その後姿を見て思うときがありました。
その男は、事業部長がそういう非難をしていてもしばらくは会社に来ていましたが、何かのきっかけで足が悪くなり会社には来なくなり、そのうちに職場の皆から忘れ去られたのでした。

もう一人の男は、新入社員として採用されて事業部の業務グループで、毎月の業務データのまとめとか整理をする仕事をしていました。この男は大学では農学部だったというので変わっているなと思いましたが、私がかって担当していた会社の情報システム部長も農学出身だったのを思い出してしまいました。
この男の口癖が「どういう場面でやりがいがあると思えるのでしょうか」ということを聞いてくることでした。何度か同じ言葉を聞いたのですが、私は「仕事を計画通りに仕上げた時だろう」と答えても会話が続きませんでした。
上司は業務が回らないので困って、現場の管理者にしようというのでデータセンターのオペレータ管理をさせたのですが出来ないというので、最後はコンピュータの8時間交代のオペレータをさせましたがこれも十分ではないとうのというので、最後には会社を辞めたと風のたよりに聞いた記憶があります。
二人とも凡人であることには変わりないのですが、その凡人程度が極まっていたというので記憶の隅に残っていました。自分の記憶から消そうと思っても消えません。