飲料販売会社の情報システム部の課長から「親会社のプロジェクトとして新規にサーバーをデータセンターに設置する検討が始まりました」という連絡がありました。データセンターに飲料販売会社のコンピュータを設置してから4・5年後だったと思います。結構な規模の開発案件とか親会社の案件とか、成長している会社というのを感じさせられました。
東京地区にある子会社のコンピュータを集約するもが目的ということで、当時としては大きなサーバだと思いました。最初から飲料販売会社の親会社と長い付き合いの或るコンピュータ会社がつるんで決めた話らしく、システム構成とか、構築するベンダーも全て決まっていました。決まっていないのは、そのサーバーの置き場所だけでした。当然ながら、飲料販売会社の親会社と昔からの付き合いの或るベンダー2社と私の勤務する会社との3者競合になりました。すでに飲料販売会社とは契約を締結しているので、それが足かせとなりましたが、今回は競争なのでそうも言っていられないので子会社との契約金額よりは安く提示して結果として一番札で受注することが出来ました。
ここでまたもや社内では「費用が安い」と文句を言い出したのは、例の通信会社の設備工事でそりの合わない技術者でした。この人は文句ばかりを言う係のようで、営業部で私が一人で活躍するのをねたんでいる営業マンの代弁もしているのだろうも感じました。
この会社で何時も思ったのは「そんなに気にくわなければとっと自分で断ってこい」という感情が時々出てきたことでした。自分では何もしないくせに文句ばかりをたれるのが社風のようにも思えたのでした。
これは、何もしないのが一番というという減点主義の社風が染みついている古参の社員だからの発言でしたが、そもそも自分の会社以外の他人に営業とか仕事をするとはどういうことか全く理解が出来ないのだろうとも思いました、そういう社風はその時の新入社員に受け継がれて営々とつづいているので、今でも幹部職員がお客様の前で平気で前言を翻すなんてことが行われるのだろうと思います。
データセンターが私の勤務していた会社に決まると、私もプロジェクト会議への参加を要請されて導入準備の作業を担当しました。一番の問題はサーバー導入の工事費用で、お客様の担当者からは「うーん」とうなられて高いという意思表示がされました。この工事費用の折衝だけのために、飲料販売会社の親会社のある大阪の事務所まで、鬱陶しく思いをしながら何回か足を運ばざるを得ませんでした。これも設備担当の技術者から高い金額の見積金額を出され、お客様からは不評を買いというので板挟みになるのでしたが、色々と画策して何とか少しは費用を押さえる案で妥結しました。事あるごとに、社内では何かある度に嫌がらせのような事をされているような気分になることが多く、まあ仕事をしないのが一番の幸せなのかなと思うことも度々でした。
この時は飲料販売会社の親会社の役員がデータセンターを見学に来るというので対応が大変でした。こういう場面では、営業部長は何も出来なくて同席しているだけでした。親会社の役員の中でも社長と姻戚関係があると聞いて、特別な役員だと思うと余計に心配になりましたが、その役員は鷹揚な人だったのでそういう特別な気遣いは不要だと後でわかりました。
通常のデータセンター見学のコースを案内し、飲料販売会社のコンピュータが設置してある場所では、隣に新しいサーバーを設置しますという説明をして終わりました。見学後に役員から何か文句でも言われたら困ると思って、前日に私が掃除とか整理整頓をしていたことが幸いしたのかどうか分かりませんでしたが、杞憂に終わりほっとしました。
しかしながら都内でも不便な場所柄、帰りのタクシーを呼んでも直ぐに来なかったので、いらいらしました。データセンターの玄関でタクシーで見送った時には、飲料販売会社の異動したばかりの「さわやか」を売りにしている情報システム部長も一緒に乗り込んだので、その後の対応は情報システム部長がしてくれたと思うと安心して送り出せたと思いました。
この新任の「さわやか」を売りにしていた情報システム部長は、前任者の部長の異動がどういう理由で行われたのか十分に理解していたと思いました。当然ながら、この役員が「今度国立でラグビーがある」と言っただけで「私も行く予定ですよ、はい」と間髪入れず答える場面などを目にしていると気遣いは相当だなと感じさせられた時が何度もありました。ある意味では相手の気持ちが分るという点では、前任の部長が少々意固地だったのに比べると柔軟性があると思いました。役員がデータセンターから帰社する時も、当然ながら面倒を見るというのは自分が担当だというのでタクシーに一緒に乗り込んだのだと思いました。
赤坂の親会社で、システム開発完了とサービス開始パーティがあるというので営業部長と一緒に訪問しました。何時ものプロジェクトメンバーに加えて、データセンターに来訪した役員に加えて常務も出席していて驚きました。自分の勤務している会社では役所体質で、役員は部下を従えてという風になるのですが、この会社では少し雰囲気が違いました。
営業部長が常務に向かって「何かあればデータセンターには車で来てさい」と常務という役職を意識して気遣うような話しぶりをすると、当の常務から直ぐに切り替えされて「私はチャリンコで行きますよ」と言われて、ぎゃふんとなり何も言い返せなくなりました。
一方、社長と姻戚関係のあるという精悍な顔つきの役員に対して、ある外注会社の社長が親しくつきあいたいというような素振りで「一度ごっいしょに飲みたい」と言うのを横で聞いてたのですが、その役員が「うちの会社で飲むと言えば朝まででっせ・・・」と言われて、その社長は返す言葉がなくなって黙り込んでしまいました。接待といえば10万円もかからないようなイメージで問うたと思われますが、役員のイメージではそんなもんではありません、何十万円も準備して持ってこいというように私には聞こえました。会社というものは仕事が第一という普通の考え方をする会社だと理解した場面でした。
営業担当が私から替わった後は、何かにつけて自分の会社の流儀で、体面ばかりを繕うような対応をするのを横目で見ていました。案の定、この会社との取引はどんどんと少なくなり、理由は何時も相手が悪いという報告を社内でしている始末でした。
東京地区にある子会社のコンピュータを集約するもが目的ということで、当時としては大きなサーバだと思いました。最初から飲料販売会社の親会社と長い付き合いの或るコンピュータ会社がつるんで決めた話らしく、システム構成とか、構築するベンダーも全て決まっていました。決まっていないのは、そのサーバーの置き場所だけでした。当然ながら、飲料販売会社の親会社と昔からの付き合いの或るベンダー2社と私の勤務する会社との3者競合になりました。すでに飲料販売会社とは契約を締結しているので、それが足かせとなりましたが、今回は競争なのでそうも言っていられないので子会社との契約金額よりは安く提示して結果として一番札で受注することが出来ました。
ここでまたもや社内では「費用が安い」と文句を言い出したのは、例の通信会社の設備工事でそりの合わない技術者でした。この人は文句ばかりを言う係のようで、営業部で私が一人で活躍するのをねたんでいる営業マンの代弁もしているのだろうも感じました。
この会社で何時も思ったのは「そんなに気にくわなければとっと自分で断ってこい」という感情が時々出てきたことでした。自分では何もしないくせに文句ばかりをたれるのが社風のようにも思えたのでした。
これは、何もしないのが一番というという減点主義の社風が染みついている古参の社員だからの発言でしたが、そもそも自分の会社以外の他人に営業とか仕事をするとはどういうことか全く理解が出来ないのだろうとも思いました、そういう社風はその時の新入社員に受け継がれて営々とつづいているので、今でも幹部職員がお客様の前で平気で前言を翻すなんてことが行われるのだろうと思います。
データセンターが私の勤務していた会社に決まると、私もプロジェクト会議への参加を要請されて導入準備の作業を担当しました。一番の問題はサーバー導入の工事費用で、お客様の担当者からは「うーん」とうなられて高いという意思表示がされました。この工事費用の折衝だけのために、飲料販売会社の親会社のある大阪の事務所まで、鬱陶しく思いをしながら何回か足を運ばざるを得ませんでした。これも設備担当の技術者から高い金額の見積金額を出され、お客様からは不評を買いというので板挟みになるのでしたが、色々と画策して何とか少しは費用を押さえる案で妥結しました。事あるごとに、社内では何かある度に嫌がらせのような事をされているような気分になることが多く、まあ仕事をしないのが一番の幸せなのかなと思うことも度々でした。
この時は飲料販売会社の親会社の役員がデータセンターを見学に来るというので対応が大変でした。こういう場面では、営業部長は何も出来なくて同席しているだけでした。親会社の役員の中でも社長と姻戚関係があると聞いて、特別な役員だと思うと余計に心配になりましたが、その役員は鷹揚な人だったのでそういう特別な気遣いは不要だと後でわかりました。
通常のデータセンター見学のコースを案内し、飲料販売会社のコンピュータが設置してある場所では、隣に新しいサーバーを設置しますという説明をして終わりました。見学後に役員から何か文句でも言われたら困ると思って、前日に私が掃除とか整理整頓をしていたことが幸いしたのかどうか分かりませんでしたが、杞憂に終わりほっとしました。
しかしながら都内でも不便な場所柄、帰りのタクシーを呼んでも直ぐに来なかったので、いらいらしました。データセンターの玄関でタクシーで見送った時には、飲料販売会社の異動したばかりの「さわやか」を売りにしている情報システム部長も一緒に乗り込んだので、その後の対応は情報システム部長がしてくれたと思うと安心して送り出せたと思いました。
この新任の「さわやか」を売りにしていた情報システム部長は、前任者の部長の異動がどういう理由で行われたのか十分に理解していたと思いました。当然ながら、この役員が「今度国立でラグビーがある」と言っただけで「私も行く予定ですよ、はい」と間髪入れず答える場面などを目にしていると気遣いは相当だなと感じさせられた時が何度もありました。ある意味では相手の気持ちが分るという点では、前任の部長が少々意固地だったのに比べると柔軟性があると思いました。役員がデータセンターから帰社する時も、当然ながら面倒を見るというのは自分が担当だというのでタクシーに一緒に乗り込んだのだと思いました。
赤坂の親会社で、システム開発完了とサービス開始パーティがあるというので営業部長と一緒に訪問しました。何時ものプロジェクトメンバーに加えて、データセンターに来訪した役員に加えて常務も出席していて驚きました。自分の勤務している会社では役所体質で、役員は部下を従えてという風になるのですが、この会社では少し雰囲気が違いました。
営業部長が常務に向かって「何かあればデータセンターには車で来てさい」と常務という役職を意識して気遣うような話しぶりをすると、当の常務から直ぐに切り替えされて「私はチャリンコで行きますよ」と言われて、ぎゃふんとなり何も言い返せなくなりました。
一方、社長と姻戚関係のあるという精悍な顔つきの役員に対して、ある外注会社の社長が親しくつきあいたいというような素振りで「一度ごっいしょに飲みたい」と言うのを横で聞いてたのですが、その役員が「うちの会社で飲むと言えば朝まででっせ・・・」と言われて、その社長は返す言葉がなくなって黙り込んでしまいました。接待といえば10万円もかからないようなイメージで問うたと思われますが、役員のイメージではそんなもんではありません、何十万円も準備して持ってこいというように私には聞こえました。会社というものは仕事が第一という普通の考え方をする会社だと理解した場面でした。
営業担当が私から替わった後は、何かにつけて自分の会社の流儀で、体面ばかりを繕うような対応をするのを横目で見ていました。案の定、この会社との取引はどんどんと少なくなり、理由は何時も相手が悪いという報告を社内でしている始末でした。