飲料販売会社の親会社の出張から帰って部内で報告をしました。私の勤務していた会社は、元々親会社の情報システム部が分社した子会社というのでシステム開発は得意なはずだろうと思っていたら「そのパッケージは親会社の新規事業部門で扱っているから、そこに連絡を取っては・・・」という反応でした。何となく難しそうな「販売予測パッケージ」というのが引っかかったのだろうと思いました。営業部長としては何となくきな臭いにおいのするものは避けたいという自己防衛反応が出たのだろうとも思いました。会社の体質として減点主義なので何もないのが一番良いというのが自然にでる会社なので仕方なかろうとも思いました。
余り乗り気もしませんでしたが、自分が異動前に仕事をしていた親会社の新規事業部門の営業に声をかけてから、再び大阪の飲料販売会社の親会社を訪問しました。当時の私の直接のお客様である飲料販売会社の親会社と自分の異動前の親会社とを結びつけたのは何となく面白い構図になりました。
再び大阪を訪問して親会社の担いでいたパッケージを紹介すると好評でした、というより「何とかお願いします」という言葉がその時にも出てもう発注は決めているような感じでした。
その後、このプロジェクトは全社プロジェクトで大阪だけで無く東京でも参加する社員がいて、東京中心に活動するということになりました。この時、飲料販売会社の情報システム部長もメンバーになっていると聞いて「ご支援をお願いします」とお願いに情報システム部長を訪問すると「はいはい、分かりました」と快諾を頂きました。
以後は赤坂にある親会社の東京事務所に集結していたプロジェクトメンバーを、親会社の新規事業部門の営業マンと一緒に訪問しました。プロジェクトメンバーから「このプロジェクトはシステム開発だけでなく、物流センター建築なんかもあり大きなものです」と解説されて何となく理解ができました。彼らからすればシステム開発は素人なので、飲料販売会社に出向していた常務や情報システム部長から「面倒見のよい会社だから」というのを鵜呑みにしてシステム開発はさっさと任せたいのではないかと思えました。
この赤坂の事務所には何回も訪問して提案書の説明や質疑応答を行いましたが、そういう状況なので、強い抵抗や採用に対する疑念もありませんでした。赤坂の事務所で飲料販売会社の親会社のプロジェクトメンバーから「それでは最終見積書を提出してもらえますか」という段階になるまで私が親会社の新規事業部門の営業マンをエスコートしました。そして最終見積書提示依頼をうけて「そちらだけで対応してください」と親会社の営業マンに言って赤坂見附の交差点で分かれました。
その後、聞き伝えでこの案件を親会社で受注したというニュースが噂で流れてきましたが、紹介をした親会社の営業マンからは何の連絡もありませんでした。親会社の新規事業部門の営業部はそういう態度だったので、システム開発後には評判が悪くなり、以後何も継続して発注ももらえず尻切れトンボに終ったのでした。他人の力を借りて注文をもらったお礼を言うというのは、気遣いというようなものではなく、常識といえるような類いだと思いますが、そういうことが欠如していることに誰も気づいていないという体質があって脈々と続いているという風に感じています。
親会社の新規事業部門では1億円を超える案件だったので、自分の自慢や業績評価を高めるために、あたかも自分たちだけで受注したように報告をしていたのだろうとは容易に想像ができましたが、そういう了見の狭い連中の集まりのなのでそのパッケージ販売も自然と終息し、事業部門の業績も落ちていきました。
余り乗り気もしませんでしたが、自分が異動前に仕事をしていた親会社の新規事業部門の営業に声をかけてから、再び大阪の飲料販売会社の親会社を訪問しました。当時の私の直接のお客様である飲料販売会社の親会社と自分の異動前の親会社とを結びつけたのは何となく面白い構図になりました。
再び大阪を訪問して親会社の担いでいたパッケージを紹介すると好評でした、というより「何とかお願いします」という言葉がその時にも出てもう発注は決めているような感じでした。
その後、このプロジェクトは全社プロジェクトで大阪だけで無く東京でも参加する社員がいて、東京中心に活動するということになりました。この時、飲料販売会社の情報システム部長もメンバーになっていると聞いて「ご支援をお願いします」とお願いに情報システム部長を訪問すると「はいはい、分かりました」と快諾を頂きました。
以後は赤坂にある親会社の東京事務所に集結していたプロジェクトメンバーを、親会社の新規事業部門の営業マンと一緒に訪問しました。プロジェクトメンバーから「このプロジェクトはシステム開発だけでなく、物流センター建築なんかもあり大きなものです」と解説されて何となく理解ができました。彼らからすればシステム開発は素人なので、飲料販売会社に出向していた常務や情報システム部長から「面倒見のよい会社だから」というのを鵜呑みにしてシステム開発はさっさと任せたいのではないかと思えました。
この赤坂の事務所には何回も訪問して提案書の説明や質疑応答を行いましたが、そういう状況なので、強い抵抗や採用に対する疑念もありませんでした。赤坂の事務所で飲料販売会社の親会社のプロジェクトメンバーから「それでは最終見積書を提出してもらえますか」という段階になるまで私が親会社の新規事業部門の営業マンをエスコートしました。そして最終見積書提示依頼をうけて「そちらだけで対応してください」と親会社の営業マンに言って赤坂見附の交差点で分かれました。
その後、聞き伝えでこの案件を親会社で受注したというニュースが噂で流れてきましたが、紹介をした親会社の営業マンからは何の連絡もありませんでした。親会社の新規事業部門の営業部はそういう態度だったので、システム開発後には評判が悪くなり、以後何も継続して発注ももらえず尻切れトンボに終ったのでした。他人の力を借りて注文をもらったお礼を言うというのは、気遣いというようなものではなく、常識といえるような類いだと思いますが、そういうことが欠如していることに誰も気づいていないという体質があって脈々と続いているという風に感じています。
親会社の新規事業部門では1億円を超える案件だったので、自分の自慢や業績評価を高めるために、あたかも自分たちだけで受注したように報告をしていたのだろうとは容易に想像ができましたが、そういう了見の狭い連中の集まりのなのでそのパッケージ販売も自然と終息し、事業部門の業績も落ちていきました。