新宿の飲料販売会社のコンピュータをデータセンターでお預かりするようになってから1年ほどした頃、最初に情報システム部長と一緒にデータセンターを見学に来た社員から「先日、ディスクを増設するのでユーザー見学に行きました。その時に、そのユーザーさんからシステムエンジニアを派遣できる会社があったら紹介して欲しいと言われました。丁度お宅の会社を思いついて、可能であれば連絡がいくようにします、と答えておきました」という話を聞かされました。
最初はどんなものかと少しばかり腰が引けましたが、最初は話だけでも聞くというので私一人で天王洲の会社に行きました。日本でも有名なスポーツグッズの会社でしたが、受付には人もいなくて置いてある名簿から担当者に直接電話をするというものでした。
電話をかけて受付に出てきたのは、しっかり者の様な感じのするかわいい感じの女性でした。靴にこだわりがあるのか何時もきれいなぴかぴかの靴を履いていたのが印象に残りました。この女性から、3人ほどのシステムエンジニアを派遣してほしいという要件を聞きました。システムエンジニアのスキルよりも費用条件が悪くて安すぎるので対応ができるのか心配になりました。その場では断れないので「後日検討して回答します」ということで会社に持ち帰りました。
会社の派遣担当の男に条件を伝えると、社員では対応が出来ないので安い外注との組み合わせならば可能でしょうという話を受けて、再度天王洲の会社に派遣担当の男と一緒に訪問しました。
今度はかわいい女性と共に現われたのは背の高い男で手の先がカエルの手先のように丸く出っ張りのある男が一緒に出てきて対応をしました。条件通りにシステムエンジニアは派遣できますと答えて、その後システムエンジニアの経歴書なども見てもらい採用になりました。
最後は責任者が出てきますというので面会すると背の高い好青年のような人でした。全般的に若い人ばかりの会社のように思えましたが、室内で打ち合わせをした後にオフィス内を通ると、米国流に一人一人のスペースは全てパーティションで区切られていたので驚きました。孤独に仕事をするというやり方だというのを教えられました。又、後ほどに色々と話をした時に聞くと、情報システム部の社員は全て転職組だというのが分かり、これも驚きのひとつでした。
この会社は、それから数年後には派遣するシステムエンジニアも増えて10名ほどになったのが最高潮の時でした。それに加えて、米国にあるコンピュータの開発者との打ち合わせもあるというので、派遣されているシステムエンジニアは米国まで行くことができて良い経験ができたと思いました。
頭の悪そうな顔の事業部長が、私を異動させようとして全てのユーザーを外した時以降、この会社の担当営業はシステムエンジニアの派遣費用が合わないということで最後は辞めてしまいました。営業の担当の折衝力とか社内の采配の振り方でこんなにも差が出るものかと思いました。
私がこのユーザーを担当していた時は、毎年忘年会だけで接待していました。外資系の会社で業者からの贈り物や接待は禁止されているようでした、というよりも業者と癒着していると思われるのが困るという社風でした。お世話になっている手前、御礼をしようとしても断れたりしたことが多々ありました。それでも年一度の飲み会というので、責任者の許可ももらって浜松町の中華料理屋で忘年会を開きました。この中華料理屋は転職前の会社の接待でも使ってなかなか美味しいというのを知っていたので使ったという経緯があります。ツバメの巣や北京ダックが美味しかったように記憶に残っています。
この忘年会には因縁があって、一度情報システム部長も参加したいという希望があって招待しました。米国人だったので驚きましたが日本語は普通に出来ました。後にこの情報システム部長が、私が担当していた通信会社の社長に転職したときは本当に驚きました。私の見立てではそれほどの切れ者では無いと思えたのですが、外資系の会社では、コネに加えて外見が良いとか口先がうまいと採用されるので、多分そういうことで転職できたのだろうと思いました。
又、最初に出会った担当のかわいらしい女性とは何度も事務所で話す内に段々と仲良くなるのは当然でしたが、そのうちに女性は結婚もして子供も旅行中に作ったとか聞いていました。私の勤務していた会社から言われた色々な仕事上の無理も通してくれたのも、そういう日頃のお付き合いがあったからだろうと思いました。昼ご飯くらいはごちそうさせて欲しいと思っていたのですが、業者との癒着を見られると困るというので最後まで一緒に昼ご飯を食べられなかったのを残念に思っています。
最初はどんなものかと少しばかり腰が引けましたが、最初は話だけでも聞くというので私一人で天王洲の会社に行きました。日本でも有名なスポーツグッズの会社でしたが、受付には人もいなくて置いてある名簿から担当者に直接電話をするというものでした。
電話をかけて受付に出てきたのは、しっかり者の様な感じのするかわいい感じの女性でした。靴にこだわりがあるのか何時もきれいなぴかぴかの靴を履いていたのが印象に残りました。この女性から、3人ほどのシステムエンジニアを派遣してほしいという要件を聞きました。システムエンジニアのスキルよりも費用条件が悪くて安すぎるので対応ができるのか心配になりました。その場では断れないので「後日検討して回答します」ということで会社に持ち帰りました。
会社の派遣担当の男に条件を伝えると、社員では対応が出来ないので安い外注との組み合わせならば可能でしょうという話を受けて、再度天王洲の会社に派遣担当の男と一緒に訪問しました。
今度はかわいい女性と共に現われたのは背の高い男で手の先がカエルの手先のように丸く出っ張りのある男が一緒に出てきて対応をしました。条件通りにシステムエンジニアは派遣できますと答えて、その後システムエンジニアの経歴書なども見てもらい採用になりました。
最後は責任者が出てきますというので面会すると背の高い好青年のような人でした。全般的に若い人ばかりの会社のように思えましたが、室内で打ち合わせをした後にオフィス内を通ると、米国流に一人一人のスペースは全てパーティションで区切られていたので驚きました。孤独に仕事をするというやり方だというのを教えられました。又、後ほどに色々と話をした時に聞くと、情報システム部の社員は全て転職組だというのが分かり、これも驚きのひとつでした。
この会社は、それから数年後には派遣するシステムエンジニアも増えて10名ほどになったのが最高潮の時でした。それに加えて、米国にあるコンピュータの開発者との打ち合わせもあるというので、派遣されているシステムエンジニアは米国まで行くことができて良い経験ができたと思いました。
頭の悪そうな顔の事業部長が、私を異動させようとして全てのユーザーを外した時以降、この会社の担当営業はシステムエンジニアの派遣費用が合わないということで最後は辞めてしまいました。営業の担当の折衝力とか社内の采配の振り方でこんなにも差が出るものかと思いました。
私がこのユーザーを担当していた時は、毎年忘年会だけで接待していました。外資系の会社で業者からの贈り物や接待は禁止されているようでした、というよりも業者と癒着していると思われるのが困るという社風でした。お世話になっている手前、御礼をしようとしても断れたりしたことが多々ありました。それでも年一度の飲み会というので、責任者の許可ももらって浜松町の中華料理屋で忘年会を開きました。この中華料理屋は転職前の会社の接待でも使ってなかなか美味しいというのを知っていたので使ったという経緯があります。ツバメの巣や北京ダックが美味しかったように記憶に残っています。
この忘年会には因縁があって、一度情報システム部長も参加したいという希望があって招待しました。米国人だったので驚きましたが日本語は普通に出来ました。後にこの情報システム部長が、私が担当していた通信会社の社長に転職したときは本当に驚きました。私の見立てではそれほどの切れ者では無いと思えたのですが、外資系の会社では、コネに加えて外見が良いとか口先がうまいと採用されるので、多分そういうことで転職できたのだろうと思いました。
又、最初に出会った担当のかわいらしい女性とは何度も事務所で話す内に段々と仲良くなるのは当然でしたが、そのうちに女性は結婚もして子供も旅行中に作ったとか聞いていました。私の勤務していた会社から言われた色々な仕事上の無理も通してくれたのも、そういう日頃のお付き合いがあったからだろうと思いました。昼ご飯くらいはごちそうさせて欲しいと思っていたのですが、業者との癒着を見られると困るというので最後まで一緒に昼ご飯を食べられなかったのを残念に思っています。