飲料販売会社のホストコンピュータのオペレーションを他社から巻き取って自社での運用を始めると色々な問題が発生して悩まされました。現在も同じ事があると思いますが、24時間のオペレーションなので特に夜間のオペレーションは気が緩んでミスが出やすい状態でした。
地方ならいざ知らず、東京という都会の土地柄もあり、データセンターに24時間オペレータとして採用されたのは非常に若い元気のある男たちでしたが、数少ない応募者の中から選ばれたせいか色々と問題がありました。
一番ひどい例は、夜勤勤務の時は昼間に遊べるという理由で働いている男がいました。何時もジープでデータセンターに乗り付けていましたので、変わり者かなと思っていました。しかし、この男は昼間に遊んでいるので肝心の夜勤時にうとうと寝てしまってミスが続き、例の情報システム部長から散々に怒られたこともあり、しばらくしても生活態度が変わらないのでクビにしました。
残りのオペレータも優秀かといえばそうでもなく、オペレーションのミスや単純な仕事の勘違いでトラブルを起こしていました。折角他社からオペレーションを引き継いだのにもかかわらず、当初は毎週のように何か起きるので非常に精神的に参りました。多分そういう気分だったのは私だけで、技術部長や営業部長なんかはそういう事には無頓着だったように思いました、いわゆる他人事で済ませているようでした。
そういう意味でも社内の誰も頼りに出来ないので、私が関係者を引き連れて情報システム部長に謝罪と共に対策を説明するということが1年余りは続いたと思います。そういう事態が続いたので情報システム部長とは仕事とは別に人間関係が出来て、色々と世間話をするような間柄になったのは皮肉なことでした。
トラブルが発生してオンライン業務が出来なくなるというような事とか、請求書を支店に配送したものの宛先を間違ったとか色々の障害が発生したので、今度は客先が作成したプログラムが悪くてもオペレーションのミスがあったのではないかと疑われることもあった時には「あのー、すみませんが・・・」と平身低頭で調査をお願いしなくてはなりませんでした。
そういう事態を経験してから2年も経過すると漸くオペレーションミスも減少していきましたが、無くなるということはありませんでした。そうなるともう仕方が無いと思われて、客先は先手をとって「オペレーションミスでしょう」と言われることもありました。
それでも決然として自信を持って客先とお付き合いをしていくためには、誰よりも自分自身が客先の役に立つと言うことを示さなければなりませんでした。技術力ではつきあいができなければ、営業力でカバーせざるを得ないと悟ったのでした。
地方ならいざ知らず、東京という都会の土地柄もあり、データセンターに24時間オペレータとして採用されたのは非常に若い元気のある男たちでしたが、数少ない応募者の中から選ばれたせいか色々と問題がありました。
一番ひどい例は、夜勤勤務の時は昼間に遊べるという理由で働いている男がいました。何時もジープでデータセンターに乗り付けていましたので、変わり者かなと思っていました。しかし、この男は昼間に遊んでいるので肝心の夜勤時にうとうと寝てしまってミスが続き、例の情報システム部長から散々に怒られたこともあり、しばらくしても生活態度が変わらないのでクビにしました。
残りのオペレータも優秀かといえばそうでもなく、オペレーションのミスや単純な仕事の勘違いでトラブルを起こしていました。折角他社からオペレーションを引き継いだのにもかかわらず、当初は毎週のように何か起きるので非常に精神的に参りました。多分そういう気分だったのは私だけで、技術部長や営業部長なんかはそういう事には無頓着だったように思いました、いわゆる他人事で済ませているようでした。
そういう意味でも社内の誰も頼りに出来ないので、私が関係者を引き連れて情報システム部長に謝罪と共に対策を説明するということが1年余りは続いたと思います。そういう事態が続いたので情報システム部長とは仕事とは別に人間関係が出来て、色々と世間話をするような間柄になったのは皮肉なことでした。
トラブルが発生してオンライン業務が出来なくなるというような事とか、請求書を支店に配送したものの宛先を間違ったとか色々の障害が発生したので、今度は客先が作成したプログラムが悪くてもオペレーションのミスがあったのではないかと疑われることもあった時には「あのー、すみませんが・・・」と平身低頭で調査をお願いしなくてはなりませんでした。
そういう事態を経験してから2年も経過すると漸くオペレーションミスも減少していきましたが、無くなるということはありませんでした。そうなるともう仕方が無いと思われて、客先は先手をとって「オペレーションミスでしょう」と言われることもありました。
それでも決然として自信を持って客先とお付き合いをしていくためには、誰よりも自分自身が客先の役に立つと言うことを示さなければなりませんでした。技術力ではつきあいができなければ、営業力でカバーせざるを得ないと悟ったのでした。