私の勤務していた会社では、コンピュータ移転なぞという業務は全てコンピュータベンダー任せに行ってきたので、情報や技術は何もありませんでした。それにも関わらず、よくもコンピュータの移転をやりますなんて言ったものだと驚くばかりでしたが、現実にはやらなくてはいけないことになりました。平成5年1月に注文書をもらい、5月の連休にコンピュータの移転をする計画になりました。コンピュータは今では数が少なくなった大型のホストコンピュータで重量もそれなりにあるものでした。

飲料販売会社の情報システム部の課長が嫌がらせのつもりで、私の会社ではなくコンピュータベンダーにコンピュータ移転業務の発注してくれたのは非常に幸いでした。
この時に、私に同行したのは例の通信会社の設備工事を担当していた年輩の技術者でした。技術者というのは名ばかりで、事務屋でも覚えればできるような仕事をしていました。私から見ると年上なのでやりにくいという感じでした。それは通信会社の設備工事については勝手に話を進めたりするので私とは険悪だったのですが、他に人材はいないというので飲料販売会社の移転会議に出席していました。
この技術者は、会議でも毎回発言もなくコンピュータベンダーの技術者の説明を聞いて資料をもって帰るだけでした。しかし、この案件が終了してから、コンピュータ移転のやり方を覚えて、社内外で如何にも物知り気に移転の方法について話すのを聞くと、他人様から無料で教えてもらった事を思い出してほしいねと感じることが何度もありました。そういう態度をとる人間で、髪の毛も長髪にして学者風に体裁を繕っていましたが、私にはペテン師風情にしか見えませんでした。

かくいう私も、この時の資料は他社に参考資料で持参して見せた事がありますので、偉そうなことは言えませんが知ったかぶりはしませんでした。これも後日談があって、私が別のお客様にこの時の移転資料を持参した後、いい資料がありますとばかりにお客様が私の持参した資料をコンピュータベンダーの営業部長に見せたらしいのでした。この飲料販売会社の移転から数年経過した時、別のお客様のコンピュータリニューアル完成パーティの席上でコンピュータベンダーの営業部長とばったり合って、営業部長から「あんたは我が社の資料をXX会社に出したでしょう」と言われたのでした。この業界の狭さを感じさせられた時でした。その営業部長とは20年も経過した今年の3月、私が会社を退職する日に、私の勤務する会社の近くでばったり出会って「あれっ、あの時の・・・」と言われたので余程鮮明に記憶されていたのかなと思ったのでした。

コンピュータベンダーの移転を仕切る技術者も一風変わった人で、栃木弁のような訛りがありました。工事現場や道路工事でよく見かけるパイロンを「トンガリ、トンガリ」と呼んでいました。新宿のビルは繁華街なのでコンピュータ機器を搬出するときは道路使用許可を得るだけでなく、トラックやクレーン車の場所も道路上に確保する必要があったので、そういう場所の境界線にパイロンを置くので何時も「トンガリ」が会議の席上でよくでました。
この会議の席上で、情報システム部の課長が「以前、大型プリンタを搬入する時に、クレーンから機器を道路に落とした事件があったので、今回はそういう事が起きないようにしてください」という注文がつきました。というのは、ビルは元々オフィス仕様なので大きな機器を搬入するようなエレベータも無く、窓から直接機器の搬入搬出を行っていたので慎重に運び出す必要があったのでした。
コンピュータ移転は色々な段取りがありましたが、引っ越しの時は機械を壊さないで丁寧に運ぶことが一番重要です、というのが当たり前の事ですが教えられたのでした。
以後の移転でも何らかの事故があったので、それは言うはやすし行うは難しという典型的な例だろうと思いました。
次に重要なのは天気でした、何せエレベータが使えず窓から機器を出すので、雨が降るとビニールを機器に巻いたりしなくてはいけないので手間や危険性が増すからでした。それに加えて、道路使用許可は繁華街で簡単には変更出来ないという別の事情もあり、天候は天任せにして願うしかありませんでした。幸いにも引っ越し当日は曇りで事なきを得ましたが、当日朝になって雨が降りそうだねとは、情報システム課長が皮肉を込めて言っていたように覚えています。