転職前の会社では、営業部の中で冷遇されたグループに所属していて、口先ばかりの額のはげ上がった課長から新規顧客の訪問の仕事をするようにと厳命されていました。それは自分が営業部で認められたいからと言うのが明らかだったので部下からの批判がかなりありましたが、蛙の顔に何とやらで厚顔無恥をさらけだしていました。
その時の直属上司はW大学の野球部出身と言うのが売りで、短気でしたが体も大きく体力がありそうな中年の男でした。その人が私に新規の顧客訪問について伝授をしてくれました。その人は就職する時に「ペンを取るか会社をとるか悩んだ」と言うのも売りでしたが、とてもペンを取って小説家にでもなるような御仁だったので落差が面白くて、酒を飲む度に皆から冷やかされていました。
売れないコンピュータを売るという厳しい営業を長い間体験し経験を積んだので、自分にも対応力がついているのが分かりました。後で考えてみれば、そういう仕事というのは誰でも出来るかというとそうではないという事に気づきました。当時の職場は苦労して朝から夜遅くまで働いて営業成績が上がらないというのが普通で、成果は上がらないにしても経験が増えるほどに対応が変わる人と変わらない人がいて、そういう事は年月を経ると差が出てくるような気がしました。
しかしながら、担当者が頑張ってもぼんくらな課長や部長がリスクを取って対応をしないので、せっかくの機会も逃してしまったことがありました。他人には厳しく言いながら、いざとなると逃げを打つ典型的なサラリーマンの管理職が揃っていた事業部でした。そういう職場環境の下で、厳しい仕事を30歳台にしていた経験が、異動後のデータセンター営業に生かされたと思いました。

異動した営業グループは事業部フロアの一番端にあって、奥に事業部長が座っていて、その前に営業グループの座席があるという何とも嫌な場所でした。しかしながら、真面目な事業部長は毎日何をしているのか分からないのが不思議で、何かを書いたりしていることが多い人でした。太って顔のでかい営業部長は事業部長の横に座って、大きな声で笑うのが好きで仕事は余暇でしているような雰囲気でした。
職場はきわめて静かで、ぽちぽちとワープロを打つ音が聞こえるほどでしたので、たまにしかかかってこない電話の応答は全員が聞こえているというようなほど静寂でした。
そういう雰囲気の中で私が電話で「XXX会社の子会社でXXXという会社ですが、部長さんをお願いします」というような電話を始めたので最初は緊張しました。職員は机を見ていますが何が始まったのかと聞いているのが分かるようでした。朝から晩まで1週間の午前と午後のアポ取りが終わるとほっとしていると、真面目な顔をした事業部長から「ああ言ったらどうかね」とか「こういう事も言ったほうが」とか横やりが入るので少し嫌な気持ちになり煩わしく思えたものでした。営業経験も無い素人から口を出されて、そんな事言うのなら「自分でアポ取りしろ」と言いたいのを我慢して「そうですか」と受け流していました。