平成元年と言えば何だか新しい事でも起こるような錯覚になったものですが、その実は戦後復興した昭和30・40年代とたいして変わっていなかったのではないかと思えます。
その証左は、私の転職した会社はあちこちにスポーツの出来るグランドがあって、会社にはスポーツ部があり社会人スポーツの競技に出場し、連綿と続く企業文化ポリシーがあって余力があったと思えるからです。

スポーツクラブの練習の合間に、職場での懇親会を兼ねたソフトボール大会を、東京都心から少し外れた郊外にあるグランドに行って日がな一日を過ごしていました。
職場では強欲な部長がうるさく言を発して、ぎすぎす雰囲気でしたので少しは気分転換が出来ました。しかしながら折角の休日に出かけるのが、元々スポーツが得意でない私には少々苦痛に感じられました。職場では年配者ながら新人なので欠席するわけにもいかないという理由もありました。
ソフトボールよりもその後のバーベキューが余ほど記憶に残っており、我ながら人間の食に対する記憶は良いものだと感心するばかりです。少々焼け焦げた肉でも大勢で食べているとどんどんと口に入るものでした。この食物記憶連鎖の先には、忘年会でコーラと醤油を目隠しして飲むゲームをさせられて、私は醤油を飲んで平気でいられなかったという、甚だ気分の悪い記憶がつながっています。

当時はバブル最終末期でも企業にはこういうグランドを保有する余力があり、特に銀行は各行共に大きなグランドがあったと記憶しております。暫く後に北海道拓殖銀行が消えた頃、そういう大きなスポーツグランドは売却され、今ではマンションに建て替えられているので当時の面影もないだろうと想像しております。