以前勤務していた会社の子会社代理店が、松江の機械メーカーと取引をしており、この会社に製品のデモンストレーションと説明のために2・3回訪問しました。

松江に行くためには普通は飛行機で羽田から出雲まで行きましたが、ある時出雲空港が霧で視界不良のために飛行機が飛ばないという時がありました。急遽羽田から東京駅に向かい、平日だったので寝台の切符も取れて、何とか夜行の寝台列車で松江に行くことにが出来ました。男性の私はさておき、若い女性のインストラクターは寝台車なんて始めてだと思いましたが、何とか眠れない一夜を過ごして松江に到着しました。寝台のベッドは余裕があったので相対する各々下のベッドを使いましたが、朝に女性が着替えをする時には私は通路の奥に移動して気を遣いました。
季節が冬だったので、雪景色の宍道湖畔のホテルに宿泊しました。観光客の多い春から秋にかけての時期には見られない雪景色の松江の町並みは、松江の古風な町並みをより一層古色蒼然とした別世界にしているように思えました。
松江から東京に帰る時も多量の降雪で東京までの特急列車が運休し、松江から岡山へ抜ける特急に乗り岡山から東京へ帰るというようなこともありました。雪国だけに冬の交通は難しいものだというのを身を持って体験しました。

その松江の会社の工場で昼間は数少ないデモンストレーションと説明を行なって夕方になり、そろそろホテルに引きあげようかという時間なりました。代理店の関係する地場販売会社の部長が、わざわざ東京からきてくれたのでお礼で接待しますということになりました。どんな店に行くかと思ったら小さな座敷のある飲み屋でした。
鍋物が用意されて東京では見かけたことの無い貝や魚の鍋物と刺身のてんこ盛りでした。その部長の解説によれば「この店の魚は近海ではなくて、隠岐から運んでいるので珍しい魚が食べられますよ」と言って我々東京から来た面々に自慢していました。魚は地場物が如何に美味しいものかというのを教えられました。

別の機会には、松江では旅館が経営する料理屋があり、そこでも鯉の刺身なんかというものを食べて松江の料理を知りました。それから20年後、たまたま日本橋のあるビルでその店が東京に出店しているのを知って、昼飯や夜の接待で使いました。その都度同席する人に前記の話を聞かせるのが慣わしとなりました。