その一)
私が勤務していた事業部にOEM商品としてディスプレイとか小形コンピュータ(当時はミニコンという名称でした)を扱っている部門がありました。得意先がコンピューターメーカーというので事業部の中では長い間地味な存在でした。
しかしながらコンピュータが小形化されてパソコンとかサーバーとかいう新しいコンピュータの販売が急激に増加してくると、必須部品であるハードディスクの引合が急上昇して売上が毎年5倍ずつ上がっていくような事態になりました。生産工場も遊休工場を活用して行なっていましたので会社としては優良事業と見られていた時期もありました。
その二)
ハードディスクの売上が伸びると元々は課だった部署が部になり、最後は事業部になって別のフロアに移動していきました。
しかしながら、その事業も外国の安い製品が出回るとあっという間に売れなくなって事業部は消滅しました、この間は10年もありませんでした。
技術的に難しいものではなく精密ではあるが部品を組み立てるだけの単純な製品はコスト競争には勝てないということを実証したということでした。
現在、製造現場のグローバル化ということが言われますが、20年も前に同じようなことが一部の業界では起きていました。
私が勤務していた事業部にOEM商品としてディスプレイとか小形コンピュータ(当時はミニコンという名称でした)を扱っている部門がありました。得意先がコンピューターメーカーというので事業部の中では長い間地味な存在でした。
しかしながらコンピュータが小形化されてパソコンとかサーバーとかいう新しいコンピュータの販売が急激に増加してくると、必須部品であるハードディスクの引合が急上昇して売上が毎年5倍ずつ上がっていくような事態になりました。生産工場も遊休工場を活用して行なっていましたので会社としては優良事業と見られていた時期もありました。
その二)
ハードディスクの売上が伸びると元々は課だった部署が部になり、最後は事業部になって別のフロアに移動していきました。
しかしながら、その事業も外国の安い製品が出回るとあっという間に売れなくなって事業部は消滅しました、この間は10年もありませんでした。
技術的に難しいものではなく精密ではあるが部品を組み立てるだけの単純な製品はコスト競争には勝てないということを実証したということでした。
現在、製造現場のグローバル化ということが言われますが、20年も前に同じようなことが一部の業界では起きていました。