その一)
万年赤字の事業部を役員も手をこまねいて見ているばかりでなく、色々な手を打ちました。その一つが全く違う事業部への引越しでした。製品ではなく業界別にまとめようという発想で、コンピュータが売れないのは売り込む先も少ないからだろうというので、電機品を扱っている製造営業部へ引越しをしたのでした。
しかしながら商品の売り方が全く違うという事に気づかなかったのは、現場でまともな仕事をしてこなかった役員だったからだと思います。

製造業分野を手がけるという営業部へ引越ししましたが、我々が朝からあくせく電話をしてアポイントを取っているのに、引越し先の営業部では新聞を読みながら茶飲み話をしているという具合でした。
朝から大勢の営業マンは何をしているのだろうと思ってみると、殆どは事務作業をのろのろとこなして一日を終わるという、営業ではなくて事務屋の集団でした。この営業は商品に強みがあるのではなくて、ユーザーのメーカー配分率で取引量が決まるので、提案して思考をしながら販売するコンピュータの営業とは全く違う世界でした。
この引越し作戦は、水と油を一緒の壜に入れても交わることもなく、最初から最後まで他人同士が一緒の席にいるようなもので何の効果もありませんでした。
それに加えて、引っ越先の営業部では殆どが代理店の営業マンが代行して仕事をしているので、社員は朝から何もすることはありませんでした。時々数字をチェックして終わりと言うようなものでした、この営業部も20年も後には業績が低迷して他社と合併したようです。

その二)
こういう対策をしても売上は伸びずに最後には元の鞘に収まったと思われます。というのは、私はこの新しい営業部に来てから数年で転職することになったからです。