その一)
昭和50年代はカラオケも無く懇親会では色々な趣向を考えねばなりませんでした。社内で3月末に事業部の締めが終わると全員で会社の大会議室で懇親会を開催していました。
色々な出し物があった中で、事業部長が自ら発案してフラダンスの真似事をするというので、お椀を二つつないでブラジャー代わりに胸につけて、下は玉暖簾を腰につけて踊ったということがありました。お山の大将が踊るので拍手喝采でおおうけでしたが、本人はそういう風にして平社員との距離を近づけようと腐心してるのがよく分かりました。
こういう事をしたのは歴代事業部長でも一人だけで、その他の人は威張っていられるのに満足している人ばかりでした。

その二)
職場に壜の底のような厚い眼鏡をかけている小難しい顔をしている業務部長がいました。当然本人も皆からうさんくさいと思われていると認識はしていたのだと思います。
職場で飲み会を開いた時に歌を歌いますというので皆がどんな歌を歌うのだろうと思ってシーンとすると、音痴の極を行くような歌い方で童謡を歌いだしたので全員が大笑いしながら終わりまで聞いていました。無理にそういう風に聞こえるように練習をしたのかなと思える程でした。この歌はその後何度か披露されて業務部長の持ちネタになってしまいました。

その三)
サラリーマンが仲良くしようとして色々努力していた時代もあったということです。その事業部長は風の便りに聞けば随分前に亡くなったようですし、業務部長だった人の消息は知れません。