その一)
毎日の生活リズムは、毎朝6時起床で6時30分には家を出て逗子駅6時50分発の電車に乗り、東京には8時到着。朝飯を八重洲地下街の食堂で食べて8時20分には職場に出社するという毎日でした。夜は10時から12時以降に帰宅すると、朝6時起床で睡眠時間が短くて眠い毎日が続きました。
毎日バスに乗る人も同じ、電車も座る位置が固定されるので同じ面々で東京まで通勤しました。それでもそういう人達と会話をすることも無いので、ただ通り過ぎていった人達ということでした、それは反対の立場でも同じことだったと思います。
その二)
毎日体が疲れて体力が落ちていく時に、山の杉林から大量の花粉が流れてきて花粉症にかかりました。当時は花粉症という言葉は無く、アレルギー体質という説明をされました。夜、鼻が詰まって息が出来ず目が覚めるというつらい思いを何度もしました。
アパートの目に前にあった杉山が花粉症の原因だったとは、後々に杉花粉症だということが分かってから色々考えたすえに思い当たった事実でした。
最初はカプセルタイプのアレルギー薬で直ぐに治りましたが、毎日服用している内に効果が無くなり、薬を変えても直らないという経験をしました。仕方なくスプレー式の薬で対策をしました。
花粉症と付き合い20年、毎年毎年大変な思いをするようになったのも逗子のアパ ートに住んだのが原因かと思うと、早くに東京に引越しした方が良かったと思うことがあります。
毎日の生活リズムは、毎朝6時起床で6時30分には家を出て逗子駅6時50分発の電車に乗り、東京には8時到着。朝飯を八重洲地下街の食堂で食べて8時20分には職場に出社するという毎日でした。夜は10時から12時以降に帰宅すると、朝6時起床で睡眠時間が短くて眠い毎日が続きました。
毎日バスに乗る人も同じ、電車も座る位置が固定されるので同じ面々で東京まで通勤しました。それでもそういう人達と会話をすることも無いので、ただ通り過ぎていった人達ということでした、それは反対の立場でも同じことだったと思います。
その二)
毎日体が疲れて体力が落ちていく時に、山の杉林から大量の花粉が流れてきて花粉症にかかりました。当時は花粉症という言葉は無く、アレルギー体質という説明をされました。夜、鼻が詰まって息が出来ず目が覚めるというつらい思いを何度もしました。
アパートの目に前にあった杉山が花粉症の原因だったとは、後々に杉花粉症だということが分かってから色々考えたすえに思い当たった事実でした。
最初はカプセルタイプのアレルギー薬で直ぐに治りましたが、毎日服用している内に効果が無くなり、薬を変えても直らないという経験をしました。仕方なくスプレー式の薬で対策をしました。
花粉症と付き合い20年、毎年毎年大変な思いをするようになったのも逗子のアパ ートに住んだのが原因かと思うと、早くに東京に引越しした方が良かったと思うことがあります。