その一)
昭和50年代、私は逗子から東京まで通勤していました。独身寮のあった鎌倉から逗子のアパートに移ったのは、横須賀線逗子駅では増結があり東京まで67分座って通勤できるという理由からでした。
当時は駅長の趣味かどうか不明ですが、山口百恵のいいひ旅立ちが大音量でホームに流れる中を電車に乗り込んでいました。

その二)
横須賀線は戸塚駅を過ぎると次は保土ヶ谷駅でした。ある日戸塚駅を出て進行方向右側の山の整地が始まったかと思ったら、どんどんと山が削られて丘にまで低くなりました。そこにマンションやオフィス用のビルが建てられるうちに東戸塚駅が出来ました。全て新築のマンションやビルだったのでとても綺麗な街が出現したものだという記憶があります。
その後も東戸塚駅の周りにはビルやマンションが建てられたので賑やかになっていく様を見ながら通勤したのですが、この駅から東京までの通勤は座れないので大変だろうということも思いました。

その三)
共産国家が荒野に突然街を作るという話しを聞いたことがありましたが、日本でも同じことが起きたのだと思いました。夜には真っ暗な光景だったのが突然光り輝く街が出現したので、暫くは新鮮な印象を持ってこの街を眺めながら通勤をしました。
今や30年も経過してその光景や如何に変わったのかと思うことがあります。