その一)
私が自分の顧客として始めて担当したのが埼玉県桶川のお客様でした。元々大地主が製造会社を始めて安物のラジオやカセットデッキを製作して輸出する会社でした。当時は日本の労務費が安い頃でしたので国内の田舎で生産しても儲かる時代でした。今の液晶テレビと同じで部品を組み立てるだけですので技術も不要で生産設備さえあれば何とかなるという時代でした。
その会社は国鉄桶川駅から西に歩いて10分くらいのところにありました。途中には民家がぽつぽつある程度で畑も沢山残っていました。夏は暑い太陽を浴びて、冬は風で書き上げられた畑の土を浴びながら、その会社に通いました。

その二)
高崎線は電化はされいましたが、東海道線の車両に比べると一昔も古いような車両ではないかと思いました。電車は高い天井で扇風機がついて、夏場は熱い空気をかき混ぜていました。1980年代と言いながら1950年代を思わせるように感じておりました。
ある夏の午後、桶川駅から上野駅まで帰る時に電車に乗ると昼間なので殆ど乗客がいないのですが、その中で若い美人が大きな白い帽子を被って窓際に座ってしたのが思い出されます。古い電車に似つかわしくないと思いながら、反対側に席に座ってその涼しげ横顔を見ていたのを時々思い出します。