その一)
私の勤務していた会社では昼飯に弁当を食べていたのですが、丸の内のオフィス街では珍しいのではなかったのではないかと思います。周りのビルに出入りして見聞するうちに、大抵は社員食堂なるものがあるのに気づきました。
弁当を食べるのが嫌ならば弁当を持参するか周りのレストランで食えばいいのですが、そういう人はいませんでした。ごはんとおかずの二段重ね弁当は勿論値段は安いのですが、決して美味いというものではありませんでした。
ある時、隣のビルの他の会社の社員食堂で食べた時も値段は安いのですが質素でこんな量で足りるのかと思ったことがあります。
今ほどに比べて食に対する意識は薄く、安かれ不味かれというのが許された時代だったのは、未だ戦中派という人がいて「戦後の昼飯には芋のつるが入っていたんだ」という人がいたせいかと思うこともあります。

その二)
役員は役員室に特別な幕の内弁当を取って食べていましたが、味噌汁作りは秘書の仕事でした。毎日10時には秘書がカートを引っ張って有楽町のデパートで野菜や味噌を仕入れ、役員フロアの給湯室で味噌汁を作って幕の内弁当につけて出してしました。
オフィス街の歩道を秘書の女性が緑色のねぎの頭が飛び出しているカートを引いていたのんびりした時代でした。