その一)
オイルショックの時には会社の業績も急激に悪くなってボーナスの一部が現物支給になった時期がありました。工場勤務の時に2回ほど続いた記憶があります。
会社としては在庫を減らそうとして製品の定価分をボーナスに加えて支給するというもので、社会対面上はお金を貰っているような体裁にしていたのでした。
当然ながら給料の高い人程支給される家電品が高価になり、部長・課長は当時で1万円くらいはするラジカセを支給されました。若い男は3千円くらいの金券をもらい商品に変えるというもので、仕方なくカセットテープに交換しました。
その二)
この会社では以後景気が悪くなるたびにそういう現物支給が何回か行なわれました。独身者には耐えられるものでしたが、妻帯者はローンも返さなくてはならないし辛いものだったろうと思います。
面白いのはそういう現物支給もボーナス金額に加算されていた数字を公表していたので、如何に世間体を気にしていたのかと思います。こういう情報を出すと株価価が下がったのかも知れません。
オイルショックの時には会社の業績も急激に悪くなってボーナスの一部が現物支給になった時期がありました。工場勤務の時に2回ほど続いた記憶があります。
会社としては在庫を減らそうとして製品の定価分をボーナスに加えて支給するというもので、社会対面上はお金を貰っているような体裁にしていたのでした。
当然ながら給料の高い人程支給される家電品が高価になり、部長・課長は当時で1万円くらいはするラジカセを支給されました。若い男は3千円くらいの金券をもらい商品に変えるというもので、仕方なくカセットテープに交換しました。
その二)
この会社では以後景気が悪くなるたびにそういう現物支給が何回か行なわれました。独身者には耐えられるものでしたが、妻帯者はローンも返さなくてはならないし辛いものだったろうと思います。
面白いのはそういう現物支給もボーナス金額に加算されていた数字を公表していたので、如何に世間体を気にしていたのかと思います。こういう情報を出すと株価価が下がったのかも知れません。