その一)血液型
技術部は技術者の集団で真面目な男四十人の集団でした。しかも驚くべき現象は、部員98%は血液型がB型であったということでした、勿論私もB型です。
非常に個性的な職場で、頭の良さそうな人とか、職人肌の人とか色々でしたが、一様に煙草を吸うので難儀をしました。この頃は禁煙とか分煙とか無縁で部屋中に煙草の煙が漂っていました。温かい季節は窓を開けられるので良いのですが、冬は締め切った部屋の中が煙で曇るので目がしょぼしょぼして困りました。
一部の人は何時も英文の技術書を読んだりしていましたので、何時仕事をするのかなと思うようなこともあり、羨ましいと思ったものです。又、機械設計という仕事をしている人もいて、芸術作品のような機械図面を書いていたので、どうしてそんな図面が書けるのかと驚いたこともありました。
そういう個性的な男の集団だったのですが、今時は通用しない単なる頑固親父になっているのかもしれません。

その二)規律
会社は八時始まりですが、出社は必ず十五分前までには出社して心の準備をしていましたし、それが当然という雰囲気でした。それに、毎日お茶を女性がだしてくれるとかというのはこの頃では普通のことでした。
職場は常に整理整頓をしていましたので、帰宅時には製図机はきれいになっていますし、キャビネや戸棚はきちんと整理してファイルに綴じてありました。
そういう風にきちんとしていても設計のトラブルは必ず発生するので、当時の部長は何か起きるたびに「事件だ、事件だ」と気の小さい性格を自ら露呈しまうような言葉を発していました。時々はそういう事が発生すると、部員がざわざわして他人の不幸を喜んで見ているような雰囲気がありました。
私も失敗してそういう場面に遭遇しましたが、幸い若いというので余り叱られませんでしたが、直属上司であった壜の底のような眼鏡をかけた課長は部長から散々に怒られたようでした。
基本的に職場は理工系の出身者ばかりなので、感情的になって喧嘩になるというようなことはありませんでしたが、その分根暗になるような心理はあったと思います。

当時は職場で慰安旅行なるものがあって、部全員が伊豆の七滝に行きました。特に印象に残る出来事はありませんでした。当時同宿した学校の先生が研修で色々意見を交わしていた光景の方が、周りの風景よりも記憶に残っております。それ位にこの職場に未練や帰属意識が薄かったのかもしれません。
当時はこういう集団行動は職場の一体化では必要と考えられていたようですが、私にはうっとしいものでしかありませんでした。

その三)人間関係
新入社員の頃は何も分からず1年も経つと職場の人間関係が確立してきました。仲の良い人悪い人、味方や敵というような具合です、どこでも同じだと思います。
幸い次長さんが人の良い人だったので色々と助けて貰いましたが、人間には損得なしで動く人がいるのだとはずっと後に気がついたのでした。
プロジェクトリーダーは部長に気に入られていて重用されるので、その下の人間は皆ひがんで一様に反発していました。三十歳も前にしたベテランは明らかに反発の体をするので、若い人は遠山の金さんの如しと拍手喝采していました、当然当事者の評価は悪くなるばかりだったのですが・・・。この人はストレスで酒を飲みすぎて体を壊してしまいました。
私と同期で入社した同じ職場の男は実家が自営業ということもあり、こういう悪い雰囲気を嫌って2年目には会社を辞めてしまいました。
人間は好き嫌いがあるので、それをあからさまにすると管理は旨くいかないという好例だったと思います。暫くしてから、この部長が会社を去る時はかわいがった人ばかりの少人数が集まったというを風のたよりに聞いたので御座いました。