その一)配属部署
入社したのは電機会社だったのですが、直ぐに子会社出向というので鎌倉にある外資系会社との合弁会社に配属になりました。どうしても東京近郊に住みたいという自分の希望を満足させるにはこの会社しかなかったのでした。
子会社では電気設計という部門に配属されて、たまたま新しい航空機用搭載機器プロジェクトが発足したというのでその図面やら仕様書とやらを作成するのが私の役目でした。
実際は提携している米国の会社からどっさりと図面が送付されてくるので、それを仕分け整理して日本の図面に作り直すというものです。
この時に組み立て業の製造方式とか実務を身に着けたわけですが、後ほどに転勤になってコンピュータ販売の時には大きなスキルとなって利用することができました。そういう意味では幸運な部署に配属されたと思いました。

その二)英語研修
航空機の米国製搭載機器を日本で製作するというので常に英語を使う必要があり、又会社も米国会社と提携しているということもあり、英語は仕事上必須でした。それで新入社員には全員英語検定2級を受験させようということになりました。
高校生の頃にはろくに勉強もしないで流されて私学に入学したような経緯があり、英語は苦手だったのです。大学の時は若さの記憶力に任せて、読本は全て暗記して優をとったようなことでした。
仕方ないので大学受験本を買ってきて一から勉強し、英会話のカセットテープを会社から帰ってから毎日聞いて記憶して全て覚えて約半年勉強しました。
この時に思ったのは、人生どこで付けが回ってくるか分からないものだということでした。
年末に試験があり、その結果は当然努力しただけの結果は出ました。しかしながら、大学受験でそういう訓練を受けていた英語の得意な人にはかなわなかったというのも事実でした。
会社では日常的に英語漬けになっていたことと、休日には英語の文献なども読むというような技術者の卵として一応テクノロジーの香りを嗅いでいたような生活をしていましたので、英語は必然的に得意になったのでした。
当時は米国との文面はテレタイプという端末でやりとりしていました。質問を英文で書いて上司承認印を貰ってテレタイプ室に持っていくというものです。ここで上司の仕事は英文の添削でした、のんびりした時代でした。