脳は現実とイメージの区別ができない。 | 「ひとり戦略会議」コンサルタントー首藤 浩のブログ

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「ひとり戦略会議」とは、「緊急ではない、重要なこと」を着実に実行していく手法です。

首藤です、

予報通り、今日は強烈ですね。
寒い…
日中も気温は上昇しない様子で
そのまま明日の朝を迎えそうですね。

とっても寒いバレンタインかなぁ?
と言っても、
義理チョコもないし、
なんにもないままに
一日が終わるのだろうと
思っています。

そんなことを考えていたら
身も心も寒くなりそうなので
もっと楽しい事を考えて
いきたいと思います。



さて、昨日は、
物事の本当の価値は「無色透明」で
プログラムがあるから
それに応じた「反応」があるだけで
出来事が意味を持っているわけではない。
というお話でした。


また、その「反応」は、
「身体感覚」であり、
体で感じる感覚について
その後の意味付けをしている
ということです。

そして、そのプログラムや意味付けには
あるフィルターが関与している
というお話でした。


今日は、そのフィルターについて
考えていきたいと思います。


つまるところ、
価値観(プログラム)とは、
殆どの場合、脳内にある「過去の記憶」
に過ぎません。
つまり、価値観(プログラム)は、
実態のないイメージにすぎないのです。



脳は、
現実とイメージの区別ができないので
外部刺激によって
プログラム化された
過去のイメージを「身体感覚」として
反応しているだけなのです。

なんとも不思議な事ですが、
現実に見ているものと
「身体感覚」として「反応」している
イメージとは、
同一ではないことが多いものです。



ですから、このプログラムを
変更するには、
「身体感覚が変わること」が
必要になるのです。


では、どうすれば
「身体感覚」を
変えることが出来るのでしょうか?


いままでで説明したように
「刺激の内容」=
「無色透明な出来事+それに被せたイメージ」
と言えます。

ですから、この変化には
被せたイメージを変更すればよいのです。


事実は変えられませんが
イメージは変更が効きます。

身の周りに起きていることは
変更できないことばかりですが
その出来事からの「身体感覚」は
変更ができそうです。



今日は、プログラムやフィルターの
原点は、過去の記憶であり
脳は、
現実とイメージの区別がつかないので
つい過去のイメージに囚われる
と言うことを考えました。

次回からは、変化の方法ですね。




今日も最後まで読んでいただいて有難う御座います。
また明日も宜しくお願い致します。

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