「理不尽さ」は、蜜の味??? | 「ひとり戦略会議」コンサルタントー首藤 浩のブログ

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「ひとり戦略会議」とは、「緊急ではない、重要なこと」を着実に実行していく手法です。

首藤です、

一段と寒いですね。
これから冬も本番だ!
と思うと
嬉しさ半分、
悲しさ半分ですね。

寝起きの寒さは
悲しいけれど
空気の重さというか
「ハリ」は、
楽しいですね。

散歩の途中でも
冬の空気感を感じる時が
楽しみの一つです。

散歩の楽しみと言えば、
まずは、
頭の活性化ですね。

今日も歩き始めは、
ちょっと気だるい感じ
だったのですが、
歩き始めて20分も経つと
目も覚めてきて
色々なことを
思いつくようになりました。

そう言えば、
子供の募金を集めるのに
あのひとに
このひとに
などと夢想するのも
楽しい(?)ものです。

あまり役立ちませんが、
少しは親らしいことにも
参加しようと思います。


さて
「アドラー心理学」の全体像の
振り返りですが、



困難を克服する活力を与える
 (勇気づけ)
   ↓
人間は、環境や過去の出来事の
犠牲者ではなく
自ら運命を創造する力がある
 「自己決定性」

過去の原因ではなく、
未来の目標を見据えている
人間の行動には、
その人特有の意思を伴う
目的がある
 「目的論」

人は心の中が矛盾対立する
生き物ではなく、
一人ひとりかけがえのない、
分割不能な存在である
 「全体論」

人間は、自分流の主観的な
意味づけを通して
物事を把握する
 「認知論」

人間のあらゆる行動は、
相手役が存在する対人関係である
 「対人関係論」

その他:ライフスタイル
ライフタスクなど
  ↓
精神的な健康のバロメーター。
共同体の中での所属感・共感・
信頼感・貢献間の確かさを
求めて行動する
 「共同体感覚」

ということですね。


「アドラー心理学」は心理学
なので、
結局「ひと」をどう捉えるか?
ということだと思います。


散歩の途中で
あれこれ考えたのですが

「人は、一定程度以上の理不尽さを持つ」

「人は、他人を合理的に嫌いになり、
非合理的に好きになる」

「人は、主観的な客観性を気にする」

という3原則を打ち立てました。


ちょっと気に入ったので
これを中心に解説していきます。

まずは、
「人は、一定程度以上の理不尽さを持つ」
です。

これは、
団体になるとより鮮明になります。

会社とか
自治会とか
ボランティア団体とか
研修団体とか
PTAとか
人の寄り集まりなので
理不尽さが強化され
とても鮮明に見えてきます。

首藤の青年というか中年というか
の年代に「ある団体」に
属していましたが、
その「理不尽さ」には
閉口しながらも
気がつくと
すっかり漬かってしまいました。


この理不尽さは、
「苦味」とか
「酸っぱさ」とか
「臭み」とか
「しょっぱさ」とか
「辛さ」などのように
最初は、口にあわないのですが
何度か経験して慣れてくると
自分自身の
価値観や文化になってくる
麻薬のような習慣性とか
魅力があります。


そのような「理不尽さ」を
誰しも、一定程度以上持っている
のですから、
他人との出会いや、付き合い
または、
知らない会社や団体との
関係づくりでは、
その「理不尽さ」に耐える
必要があると思います。

「理不尽さ」を
耐えるというよりも
楽しむくらいの度量があれば
もっと良いのでしょうが、
それも、相手の持つ
「理不尽さ」の種類に
依存するのかもしれませんね。


「辛さ」だったら楽しめるけど
「臭さ」には閉口する・・・
と言った受け手の
個人差もかなりあるでしょう。



但し、ここで大切なのは、
あなたも、他人と同様に
一定程度以上の「理不尽さ」を
持っているということです。


そこを認めて、自分と他人との
関係を見直すことは、
けっこうな価値が有るものだ
と思います。


人の「理不尽さ」と
付き合うのは
ちょっと辛いことですが、
「喉元すぎれば暑さも忘れる」
ことですし、
もしかすると
その文化に「漬かる」ことも
あるわけですから、
そういう意味では、
「理不尽さ」を感じた時が
成長(?)のチャンス!!
かもしれませんね。



このメルマガを読むことも
「理不尽さ」のヒトツの経験ですね。

PS
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首藤の三原則は・・・


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