ヒバリクラブ(20分)
奇妙な集団での2年間(1)の続きです。(1)では参政党のことはあまり語られていません。
参政党が訴訟を匂わせてから、武田邦彦から新しい重要証言が取れなくなっています。
今回の証言の注目点は、神谷と百田が繰り返し面談していたこと、現在本部を構成する神谷の取り巻きが2022年3月末には一人もいなかったということに尽きます。そのほかに、立候補者の選抜、次いで、旅費にかかった経費(15分45秒以降)について大して重要ではない話をしています。
飛ばし飛ばし、書き起こしました。
5:58〜
「この週は、(2022年)2月の28日に百田さんのチャンネルに出てますね。この百田さんにも神谷さん紹介したのも、僕が紹介したんですね、ちょっと前ですけど、あ、この頃かな、この頃か紹介しましたね。この後にも、あの、百田さんと神谷さんはお会いしてますよ。僕の紹介もあってね。まあ、予定は独自にお二人が取った予定で、まあ、「今から百田さんに会いに行きます」ってことでですね、会いに行かれてましたね。百田さんに会ってるってのは僕だけじゃないんですよ、神谷さんと僕とどっちが多いかわかんないくらいですね。」
9:23〜
「…だけどまあ、攻撃もされるんでちょっと言っとかないといけないんですが、その頃はですねえ、参政党に今いる人たちね、いわゆる事務方とか本部と言う人たちは、神谷さん以外はいなかったと思いますよ、僕らゴレンジャーと事務の人が2、3人と、て言うんで準備をずーっとやってたんですね。このことは参議院議員選挙まで続きます。今の本部の人たち、いつから来たかよくわかんないうちに、少しづつ、少しづつ、なんか、神谷さんの仲間だけが入ってきてですね、こういう公共性がなくなっちゃんたんですよ。政党っていうのは公共性が必要なんですよ…」
10:56〜
「神谷さんがなんか、私の独裁を達成したなんて言ってますけど、独裁を達成したら公的なことはできないんです。公的なことはやっぱりね、この時期の、これ3月ですかね、このように、しょっちゅう、こう、打ち合わせをしながら、みんなの合意取って、それで周辺にもそのこと言って、そうしてスタートすると、スタートするというか、組織を運用するという形式でやってますね。もちろん、当たり前ですけどね。」
12:30〜
「この日は、3月27日は、ですね、ニッショーホールで、東京のニッショーホールで、大きな講演を私やりました。札幌から来てですね、それから関連のものが、この週の火曜日、水曜日の30日は、麻布台のビルでですね、記録映画作ったり、あの頃、ものすごく大変でしたよ。こりゃ、赤尾さんとかね、それからいろんな方と、新潟の人かな、なんか次々と地方の候補者が出てきますから、その人と、僕話したりね、これは資格要件みたいなものは神谷さんの方でやっておりましたね。僕の方は参政党の意味とか、それからその人がどういう考え方か、と言うことをね、話し合って、まあ、30分くらいですけどね一人、話し合って、ずっと候補者を選んできたという経過がありますね。その後、新潟はすごく揉めましたんでね、訴訟にもなって、なんか変なことになっちゃってるんですけどね。それで次の日は参政党の幹部のzoomの打ち合わせね。今の幹部の人は一人もいませんよ、全然。影も姿もありませんでした。」
17:10〜
「…この時代はね、ある意味で、これから、4、5、6と、これ本格的に始まりますんで、本格的な参政党の広報活動について、今まで準備でしたね、2月3月までは、まあ2ヶ月間か2ヶ月半ぐらいで、ずーっと準備をしてきました。今みたいに毎週打ち合わせをする、どっかに行ってリアルやるってね、そして、まあ、先行している支部んとこには行ってくると。まあ、とにかく、立ち上がって、5名でも10名でもね、なんかできたらとにかく行くというそういう時代ですね、まあそういう時代があったという、ことですね。その時代は現在の、いわゆる事務方とか本部と言うのは全くありません。僕らだけが本部です。5人と、事務方と、あと各支部がちょっとありましてね。まあ、そう言う時代ですね。なんでも創業期っていうのはね、…」
18:34〜
「参政党乗っ取りとか分断とか、工作とかね、そんな話は一切ありません…神谷さんの二枚舌は性格上しょうがないですけど、他は、ちゃんと誠実な人、今はもう全員が離れてますよね、この時代に参政党作った人っていうのは、ほとんど全員が離れていますね。まあ、神谷さんぐらい残ってるか、出てこなかった人はいました、一人か二人ね。そういう時代でありました。」(了)
