第5回では、本居宣長と、それを継いだ平田篤胤について考えていきます。 なぜ、今、本居宣長なのでしょうか?
近年、保守の言論活動を見るにつけ、その発言の元をたどると本居宣長に行き着くにもかかわらず、本居宣長には一切触れない発信ばかりだと、私自身が常日頃感じているからです。
一例として皆さんは、最近こういうフレーズを、街宣や講演の動画などで耳にしませんか?
「中国では革命によってしばしば王朝が交代するが、日本では王朝の交代が行われることはなかった。政治を行う者が変わっても、日本には天皇がおり国は穏やかに治まってきた。この点で中国と日本は対照的なのだ」
これは、評論家が自分の頭で考えて喋っているのではなく、本居宣長の著書、古事記伝一の巻(まき)直毘霊(なほびのみたま)からの一部引用および要約そのものです。実際はもっと詳しく書かれています。
https://ja.wikisource.org/wiki/直毘霊
本居宣長は古事記の注釈書、古事記伝44巻を35年かかって著していますから、その一部でさえとてもここで扱うことはできません。それで今日は、彼が古事記をどう見ていたか、そしてその後継者であった平田篤胤にも触れ、平田篤胤が本居宣長をどう批判したかを、短くお示ししたいと思います。
本居宣長の生涯・事績については、本居宣長記念館のホームページに詳しいのでリンク先をご覧ください。
本居宣長は国学の大成者と言われます。儒学を否定しました。日本の「古の道」を明らかにするため、それまで重んじられていた日本書紀よりも、古事記を第一に据え、古事記、万葉集、日本書記、風土記より国学を大成しました。
当時はまだ国民国家としての日本という概念はなかったと考えられますが、宣長の頭の中では、日本人と中国人という二項対立の図式が存在し、前者の思考法を「やまとごころ」、後者の思考法を「からごころ」と呼ぶようになります。
日本書紀は古事記よりもからごころが染み付いている、と考え、古事記をより重視しました。また、宣長は、古事記に書かれた出来事を現実にあった事実であると考えました。
一方、平田篤胤は、宣長の没後門人として国学から復古神道を大成しました。国学に死後の世界を持ち込んで国学を宗教化したと言えます。
彼は古の伝(つたえ)を記した書物同士の間に内容の違いがあるのはどうしてかと考えるようになり、古事記、万葉集、日本書紀、風土記以外の文献にも研究対象を広げ、古伝説の正しい内容を『古史成文』として著しました。 篤胤は、宣長が否定した儒学、道教、仏教、キリスト教の文献からも古伝説の断片を主観的に集めており、その手法には批判があります。
古事記に対するファンダメンタルとも言える姿勢を貫いた宣長とは、まさに対照的でした。
本居宣長と平田篤胤の最も大きい相違点は、死後の世界観でしょう。
宣長は古事記を第一としながらも日本書紀にしか出てこない「顕」と「幽」に言及しています。「顕」を表に現れた目に見える朝廷の政、「幽」を目に見えない神の政としてオオクニヌシが統治すると考えました。
篤胤は、その著書『霊(たま)の真柱(みはしら)』の中で、死に関する宣長の解釈を批判します。人は死後、地下の黄泉に行き、死後の世界はないと考えた宣長に対し、篤胤は、「幽」は見えない世界を意味するだけではなく死後の世界をも意味していると考えました。
篤胤は地上にあるオオクニヌシが治める「幽冥界」を死後の世界と考え、これに対し、天皇が治める「顕明界」を想定したのです。 篤胤の論理を突き詰めると、「顕」を支配する天皇といえども死ねば「幽」を支配するオオクニヌシによって賞罰を受けることになります。
宣長がアマテラス=伊勢中心の神学を確立させたのに対し、篤胤はオオクニヌシ=出雲中心の神学を確立させました。
篤胤は死後の世界を提示することで、宣長が確立した国学という学問から、復古神道という宗教へと道を開きましたが、同時に彼の説は、「天皇がアマテラスからずっと血統によって繋がっているが故に尊い」という、宣長が確立した国学の前提を崩しかねない思想を内包したものでした。これはやがて明治の祭神論争の火種になります。
いずれにしても、国学の思想は、やがて後期水戸学に影響を与え、尊王攘夷、廃仏毀釈の思想的、理論的原動力となりました。そして今日最初に見たように、令和の保守派にも、その思想的背景として深く影響を与え続けています。
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参照資料
原武史 放送大学印刷教材『日本政治思想史』5章 各論2・国学と復古神道
苅部直 日本思想史の名著を読む 第14回平田篤胤「霊の真柱」 http://www.webchikuma.jp/articles/-/1087
参考資料
直毘霊(なほびのみたま) https://ja.wikisource.org/wiki/直毘霊
本居宣長記念館 https://www.norinagakinenkan.com/index.html
