「未来に生きる」のが男であって
女は「現在に生きる」もの。
こういう男女の違いは
お互いが理解し協力し合って
前進するために必要な特性といえる。
女は
「満足しなければおさまらない生き物」
だということを知らねばならない。
「現在に生きる」女は
現在の幸せを常に求めている。
つまり
不満足で欲求不満の状態を
もちつづけることには納得しない。
だから男は、どのような形にしろ
女を満足させねばならない。
「未来に生きる」男は
現在が苦しくとも
未来における勝利と幸せを信じて
頑張り続けることができる。
ところが
「現在に生きる」女には
「今は苦しくとも我慢して欲しい。
これを乗り越えれば幸せになれるから」
という論理は通用しない。
だから
女は満足を先に欲しがり
男にはそれに応える責任が発生する。
女だって苦しいことに耐え忍ぶではないか
と反論したい者もいるだろう。
しかし、女が耐え忍ぶとしたら
それは未来のためというより
現在の幸せを得るためだといえる。
そもそも
環境への適応力は
男より女のほうが優れている。
女はどのような悪しき環境であっても
そこで幸せになろうとしていく。
精神的にも肉体的にも
環境に適応していく能力は女のほうが上。
悪しき環境の中、男たちが
バタバタと倒れたとしても
女はしぶとく生き続けていくに違いない。
女の「満足したい」という強い思いは
幸せを求める力に
比例しているのかもしれない。
ところで、女は
些細なことで満足するときがある。
男からしてみれば
バカバカしいと思われることだとしても
女にとっては違っている。
たとえば、一緒に買い物に行ったり
散歩したりするだけでも女は満足する。
また、映画を観にいくのと
DVDやビデオを見ることの
どっちを女が選択するかといえば
間違いなく映画を観にいくほうだろう。
男からしてみれば
どっちも同じであって
面倒くさいからDVDを借りてこよう。
なんて考えたりするのだが…。
女性が望んでいるのは
一緒に映画館へいき楽しみ
一緒に帰ってくるという
一連のプロセスといっていいだろう。
女性は好きな男性と行動した
変化の過程に喜びを感じている。
そこには日常から離れて
新鮮な気持ちになりたい
という願望が隠されているのかもしれない。
女性は交際しているカレや自分の夫と一緒に
買い物、映画、散歩、食事、などに
行くことに幸福感を抱く。
男にとって
「面倒くさい」
「つまらない」
「カッタるい」
ことであっても
女性にとっては「満足したい」
という欲求を満たす行為となる。
女を喜ばせるものは
高価な宝石やアクセサリー
といった場合もあるが
まったく無価値で一見無駄と見えるものに
女は大喜びする面をもっている。
女性は
どれだけ自分を満足させてくれたのか
あるいは無駄なことをしてくれたのか
という点に誠意や愛情をはかろうとする。
こういう女の特性を理解していけば
離婚という不幸な出来事は
大きく激減するのではないだろうか…。

















































































































































































































































