異性の目を
意識していれば
自然に
「恥じらい」
のようなものが生まれる。
「恥じらい」が
「女の色気」を生じさせている。
色気がないということは
女であることを
放棄しているともいえる。
「女の色気」は
態度や振る舞いの中に表れる。
年齢には
関係ないかもしれないが
人生経験が
大きな要素になっているのは
確かだろう。
だから
二十歳前後の女性が
いくらがんばっても
三十代の女性が漂わせる
「女の色気」には
適わないかもしれない。
「女の色気」と
「セックスアピール」は
基本的に違う。
「女の色気」は漂うものであり
「セックスアピール」は
刺激することだから…。
どちらも
「男心」を動かす
要素に違いないが
「色気」と
「セクシーさ」を
比較すれば
「色気」の方に
軍配が上がるのではないだろうか。
誰だって
人に見られているときと
見られていないときとでは
その行動において違いがある。
他人の目を
意識するということは
女性が美しくなっていく
一つの要因になっている。
「恥じらい」が
そういう行動を起こしていくから…。
それがなくなれば
「女らしさ」だって
失ってしまうかもしれない。
したがって
「恥じらい」をなくすと
「女の色気」も
薄くなってしまう。
それでは「男心」は動かない。
もちろん
中にはそういう女性が好みだと
主張する者もいるかもしれないが
少数であることは間違いない。
「女の色気」とは
「いかにも女らしい感じ…」
ということ。
男が男である限り
「女の色気」が
「男心」を動かすのは当然…。





























