令和へと時を経て、現在まで の時程距離感というか、時世の変わりようは激流に乗って滝壺に落ちた感がある。全身虚脱感で水面に顔を出しているところ、やっとの思いで息を吸う。ところで、「OCNカフェ」>「gooブログ」と緩慢な流れに乗っていたはずが、気がつけば急流岩礁にぶち当たって投げ出され、拾い上げられた所が「はてなブログ」ってことになるが、今一所在がはっきりしない。一昔前のグアム島の横井庄一さんや、ルバング島の小野田寛郎さん程ではないが、(こんな記事材料なんだから年が分かる)こうして無事に生きていられると言うだけでは、生きがいもないのだけれど、この先、何を求めて糧とするか?今、世界は強欲に満ちている。食うか食われるかの共食い奈落に落ちたら、救われる道は断たれてしまう。少なくとも他者への思いやりは持ち続けたい。食べ物と言えば「聖餐」「悪食」もあるけど、心がいっぱいの時は武者食いはしない。こころ、ココロ、「心」、かたち無きものは捉えるのが難しい。