歴史は勝者によって記録される。華やかな表舞台で脚光を浴びるのは勝者に他ならない。敗者はいつの世も歴史から振り落とされて、山に入り野に散るのである。
今日の世界の動勢は大国の覇権拡大が眼目であって、自己利益を最大に得ようとして地勢的な支配を強めているのが伺える。何故こんなことをするのかと言えば、覚めかかった夢をもう一度見たいからである。栄華の後の侘しさは耐えがたいものだから、祇園精舎の鐘の音が割れ鐘のようであっては困るのだ。大国の横暴でターゲットにされた中小国は、おとなしく従属するか、最後まで抵抗を続けるかの二者択一を迫られたが、「意」ある者は強し、金剛の盾には噛みついた歯が折れる。中には歴史そのものを否定して、無かったことにすることで水中のパピルスの茎で、かろうじて呼吸している忍者如きもある。ただ、自己保身に傾くと周りから疎んじられて、陽炎の羽の如く頼りない存在と目に映る。こんな時代に誰がしたの声も聞こえそうだが、世も降ると『五濁』の時がやってくると仏説にあり、あらゆるものが汚濁に満ちてゴミがねぐらとなる。そんな世は落ち武者も望むまい。