カフカが苦痛を覚えた生き物、オドラデク(ボルヘス『幻獣辞典』)
ちぎれた糸を引きずりながら、無目的に階段を転がり落ちていくだけの、糸巻きのような生き物。ふらふらと家々を渡り歩いて、家主の質問に答えたり答えなかったり。生きる意味や目的を果たそうと四苦八苦している人間たちをあざ笑うように、ボロをひらひらさせながら、自分の不恰好な姿を気にする様子もなく、階段を降りていく。こんな生き物が自分より長生きするかもしれないと考えて、カフカは苦痛に近い気持ちを覚える。しがらみや義務の中でも真面目にやっていこうとしているときに、苦しさの中でも生き続けていく意味はなんだろう、と悩んでいるときに、そんな生き物がカラカラと階段を降りていく音が聞こえたら、と想像すると、カフカの苦痛も少しわかるような気がする。苦痛というよりは、苦痛に近いほどの憧れなのかな、と思ったりする。オドラデクが近くを転がってゆくとき、久しく人が住んでいない、古びた木造家屋の、埃っぽい匂いがするような気がする。